Simple-lover(シナリオ版)





◯陽菜回想
裕紀『お前は俺のでしょ』
電車の中で顔を近づけ微笑みそう言う裕紀。

(回想を思い出している陽菜心の声:
『…バレンタインに色々あって、もっともっとヒロにいが好きになった。
そんなヒロにいと旅行なんて嬉し過ぎる!』)
陽菜、ガッツポーズで喜ぶ。

(陽菜心の声:『でも、ヒロにいがどうしても出すって言っている以上、少しでも旅費を抑えたい。』)



◯陽菜の部屋、バレンタインの次の日
(裕紀心の声:『すげー眉間にしわよってんだけど。』)
裕紀、陽菜の表情に含み笑い。
陽菜、気が付かずにパンフレットとスマホの検索と睨めっこ。

◯陽菜の部屋次の日

(陽菜心の声:『お部屋がいい感じで食事が美味しくてなるべく安いところ…』)
裕紀「…」
一生懸命にパンフレットとスマホをみている陽菜のほっぺたをつついてみる裕紀。それに全く動じずスマホを見続けている陽菜。
(裕紀心の声:『面白っ。すげー集中してんじゃん。しばらくほっとこ。』)
裕紀、そのまま陽菜にもたれてスマホをいじり始める。

陽菜は変わらず一生懸命に探している。

陽菜心の声:『見れば見るほどどこが良いかわからなくなって来ちゃうな。』)
裕紀「………。」
そんな陽菜を裕紀は膝枕をしながら見ている。


◇ここから裕紀目線

○裕紀の大学の学生食堂
机に座り、スマホで宿を検索し続けている裕紀。

(裕紀心の声:『伊豆に行きたいって所までは、すぐに決まったんだけれど、その後の宿選びが難航。
まあ…俺が全額出すつったらヒナの事だからそうなるだろうなとは思ってたけど…』

ー陽菜の部屋で裕紀目線で見ている陽菜の回想ー
明らかに、『なるべく安い所』『でも良い所』って一生懸命になってる陽菜。
ずっとパンフレットとスマホを睨めっこしてて。
あまりにも集中してるのか、俺が横からほっぺたつついてちょっかい出したり膝に寝転んでも気にしない。
パッと目を輝かせたと思ったら、眉間に皺寄せて口を尖らせて、スマホで何かを検索して。「んー」って唸って…。


ーここからまた、学生食堂(現在)ー
くるくる表情が変わる陽菜を思い出して、思わずにやけてしまって、慌ててヤバっと一回周囲を気にする裕紀。
(裕紀心の声:『まあ、それはそれで、集中してるヒナの横顔見てるのは、面白くて良いんだけどね。
旅行の相談を口実に、平日夜でもヒナの部屋に来られるし。俺が得してるっちゃあ、してるんだけど。けれど、さすがに3日目…そろそろ決めないと。』)

変わらずスマホで伊豆旅館を色々検索していたら、裕紀の目の前に数名の人影ができる。
少し目線を上げると、語学クラスで一緒の裕紀の友人4人が居る。

圭人「ヒロ、お疲れ!」
裕紀「ああ、お疲れ…」

そっけなく返事をする裕紀の目の前に圭人が座る。その横には、敦弘。
俺の横に「ほら、早く詰めて!」と友香里に言われて、少し躊躇しながら羽純が座り、それを見てから羽純の隣に友香里が座った。

圭人「何?調べ物?」
裕紀「うん…。ちょっとね…つか、誰か伊豆方面詳しい人いない?」
羽純「伊豆…?」
キョトンと首を傾げると、少しウェーブがかった長い髪がふわりと揺れる羽純。

圭人「そういや、彼女と旅行行くんだっけ?伊豆って…あれ?彼女高校生じゃないの?渋っ!」
友香里「本当だね〜。高校生だと、横浜とかディズニーとか言いそうだけど。っていうか、そのためにバイト増やしてたの?!もしかして。うわ〜大変だね、年下彼女は。」

ちょっと面白そうに笑う圭人と少し呆れた素振りをする友香里。

羽純「遠慮…してるのかな、ヒロに。良い子なんだね。」

穏やかに遠慮がちにそう言う羽純。それにふうとため息をつきながら、「羽純は優しいからそう言う捉え方なだけでしょ」と横槍を入れる友香里。
会話に入らずスマホをいじってた敦弘が、「ああ、ここだ」と何かを見つけた様子で裕紀に自分のスマホを差し出す。

敦弘「ここ、ちょっと値段張るけど、どう?」
裕紀「“櫻燈庵(おうとうあん)”…」
敦弘「うん、ゆっくり出来るし、結構綺麗で良いらしいよ。ねーちゃんが行ったんだよ。料理も美味かったし、温泉も良かったって。」
友香里「へえ…って、部屋に露天風呂ついてる!高校生にはハードル高くない?!」
圭人「友香里うっさい。決めるのは、ヒロと彼女だろうが。」

なんだかんだいう友香里を圭人が嗜める。
そのやり取りを見てからまた敦弘のスマホに目を落とす裕紀。
裕紀心の声:『まあ…確かに。
俺にとっちゃこの上ないご褒美だけど、ヒナはどういう反応すんだろうな、こういうの。
でも、料理もヒナ好みの和食っぽいし、ゆっくり過ごしたいって言ってたからいいかな。文句言い出したら変えればいいしね…。』)


◇陽菜目線

◯次の日の夜、陽菜の部屋

裕紀「……おし、予約完了。」
陽菜「え?!」

集まって数分後、裕紀がスマホをスラスラといじりだして、そう言いだす。

裕紀「ほら、ここ。大学の友達にリサーチしたら、結構良いって言ってたから。飯もうまいし、部屋も綺麗だってさ。」
裕紀に促されてスマホを見た陽菜は目を見開いた後、恐縮し始める。
陽菜「お、櫻燈庵(おうとうあん)…って、ひ、ヒロにい、こ、ここ、結構高い…」
裕紀「そ?いいんじゃない?なんせほら、俺いま、億万長者だから。」
飄々とそう言いながら、陽菜の方に胡座をかいたまま体を向けると陽菜の頭を優しく撫でる裕紀
それから陽菜の頭を引き寄せて、ふわりとキスをする。

裕紀「…ヒナ、楽しみ?」
陽菜「う、うん…」
裕紀「んじゃ、良かったです。」
『でも…申し訳ないな、いっぱいお金使わせて』と思う陽菜
そんな風に思った表情が顔に出ていて、柔らかい表情の裕紀が、少し困った様に眉を下げる。
それから、おでこ同士をコツンとつける。

裕紀「…ヒナ、あなたが今することは、申し訳ないと思うことじゃないよ?旅行の前にやることがあるでしょ?」
陽菜「やること?」
裕紀「うん、そう。」

おでこをつけられたまま、目線だけヒロにいに向ける陽菜をふはっと楽しそうに笑う裕紀。

裕紀「俺…言ったよね?『高校生はお勉強してればいいんだよ』って。」

(陽菜心の声:『お勉強………あっ!』)


陽菜「き、期末テスト!」
裕紀「そうです。お願いだから、おじさんとおばさんの機嫌を損ねるようなことはしないでね。それこそヒロにいの努力、水の泡よ?」
陽菜「う…っ!こ、今回…テスト範囲広いんだ…。」

(陽菜心の声:『ヒロにいとのことで浮かれてて、すっかり忘れていた…。』)

陽菜が、んーっと眉間に皺を寄せて口を尖らせたら、裕紀がそこに自分の唇をちゅっとつける。

裕紀「…ヒナ。」
陽菜「な、何…?」
裕紀「旅行、楽しみにしてるね。」
陽菜「っ!ほ、本当に?」
裕紀「うん。めちゃくちゃ楽しみ。ヒナと旅行すんの。」
陽菜目を輝かせ、テンションが上がる。
(陽菜心の声:『ヒロにいが…楽しみって言ってくれてる…旅費も出してくれた…。
ここで私がお父さんとお母さんの機嫌を損ねるわけにはいかない!!!高校生の威信に欠けて、何としても期末テストでいい点を取らないと!!!!』)

ーそうして、挑んだ、期末テストとの戦い。ー

○陽菜の部屋
※陽菜の勉強は、陽菜が中学1年生の時からずっと裕紀が陽菜の部屋に来て教えてくれている。
この日も、いつも通りに陽菜の横に居る裕紀。

裕紀「…受験?」
陽菜の猪突猛進な頑張りに、裕紀は隣で含み笑い。

陽菜「だって!成績悪かったら、お母さん達が旅行ストップしちゃうかもしれないじゃん!」
裕紀「あ〜うん…そうだね。頑張らないとね。」
陽菜「うん!頑張るからね!」
裕紀、また含み笑い。
(裕紀心の声:『旅費、俺が全額払ったの知ってるから、ストップには絶対しないと思うけどね』)

(陽菜心の声:『ヒロにいに褒められたくて一生懸命頑張っているから、いつもそこそこの成績は取れて来たのだけれど…今回は更にだよね!』)


ーこうして、やる気と気迫に満ち溢れ過ごしたテスト期間ー

陽菜母「まあ。ヒナ頑張ったじゃない!」

今までに見たことのないほど、テストの点数も3学期の成績も爆上りし、そんな成績表を見てニコニコなお母さん。


○陽菜のクラスの教室、修了式

「春休みにも会おうね!」と話していたなつみとさあちゃんが目を輝かせて少し私に顔を近づける。

なつみ「ところでヒナ、『ヒロにい』と春休み旅行に行くんだよね!いつだっけ?」
陽菜「来週の火曜日・水曜日だよ!今回成績良かったから、お父さんもお母さんも快く送り出してくれそう!」
さあちゃん「いいな〜幼馴染だと、そう言うこともできちゃうんだね。伊豆でしょ?」

なつみとさあちゃんは、二人で「大人!」と盛り上がる。

なつみ「露天風呂付きの部屋とか?!めっちゃ大人じゃん!」

(陽菜心の声:『露天…風呂付き…。』)
思わず、笑顔のまま顔が固まる陽菜。盛り上がっていたなつみとさあちゃんは、キョトンと首を傾げる。
それに、微妙な表情をする陽菜。

(陽菜心の声:『…実は、テストが終わってから改めて櫻燈庵のホームページとインスタを見たら、全室露天風呂付きと書いてあった。
ヒロにいが知ってるのかどうかもわからないけど、一緒に見た時は気が付かなかった…というか、お料理が美味しそうというところにまず目がいったのと、お値段が結構高かったから…恐縮しちゃって。
…でも、せっかくヒロにいがリサーチしてきてくれてとってくれたんだし、露天風呂はともかく、写真を見る限り本当に素敵な宿だって思うから、それで今更わあわあ言ってもなと思って。』)

陽菜の微妙な表情に、さあちゃんとなつみは何かを悟った様に苦笑い。

さあちゃん「なんて宿だっけ?」
陽菜「“櫻燈庵”ってとこ。」
なつみ「おう…とう…あん……あった!ここ?」

なつみがスマホで検索してそれを3人で覗き込む。

さあちゃん「うわあ〜めっちゃ雰囲気あるね!」
なつみ「おしゃれそうだしね。えーいいなあ…って、やっぱ露天風呂付きじゃん。」
さあちゃん「そりゃバイトも頑張るよね〜こういうところに彼女と行けるってなればさ!」
陽菜、一緒に見ていてさらに困惑。

(陽菜心の声:『……いや、いやいやいや。
ヒロにいがそこまで考えてるなんて思えない。
多分、本当にリサーチして予約してくれたってだけだと思うけどな。
だって、パンフレット見る時だって、その後スマホで検索している時だって、私が真剣にみてるのを散々邪魔してからかってたよ?
だからこそ、私もあえて言わなかったんだし。そんなの恥ずかしい!とかってさ。
自分だけ意識してたら、それこそ恥ずかしいもんね。
それに、大浴場もあるって書いてあったから、そっちに入ることだってできるだろうし。
とにかく、ヒロにいと旅行に行ける!一泊二日ずっとヒロにいと一緒に居られるんだから。それだけで私は嬉しいもん!』)


ー気分上場のまま迎えた当日ー
○陽菜の家の玄関
陽菜母「いってらっしゃい。気をつけてね」
陽菜父「ヒロ君の言うことをきちんと聞くんだぞ!」

ニコニコのお母さんとお父さんに見送られて、裕紀と玄関の外で合流する陽菜。

陽菜「ヒロにい!おはよう!」
裕紀「…うん、おはよ。行こっか。」
陽菜「うん!」

陽菜が隣に立つと、スッと手を繋ぐ裕紀。それにへへへと嬉しそうに笑う陽菜。
そのまま最寄駅から電車に乗って一路伊豆へと旅立つ。

○櫻燈庵近くの駅
電車を降りた後、ずっとニコニコしている陽菜を少し眉を下げながら見る裕紀。
裕紀「ヒナ、チェクイン前でも荷物預けられるらしいから、預けてからどっか行こっか。」
陽菜「うん!」
満面の笑みでそう答え、繋いでいる手にもギュッと力を入れる陽菜。

○櫻燈庵
入り口の燈籠を通り過ぎると開ける、白い砂利の敷き詰められた敷地に和テイストの庭園。その真ん中に石畳の通路がある。
そこを裕紀と陽菜が手を繋いで通り過ぎ、ついたフロント。

○櫻燈庵フロント

受付「お荷物お預かりしますね。行ってらっしゃいませ。」
櫻燈庵の受付の人がにこやかに挨拶し、そう言って綺麗に会釈。

○旅館の人に見送られて旅館を出て少し歩いた所にある「桜の散歩道」

川沿いの遊歩道に何本もの桜の木が満開に咲き、薄桃色の花びらを少しハラハラと降らせながら、トンネルを作っている。
見上げると、木々の間から木漏れ日が降り注ぎ、その先には青空が広がっていた。

目を見開きその光景を見上げる陽菜と裕紀。

陽菜「すご…。」
裕紀「確かに、こんだけ咲き乱れていると圧巻だわ。中々貴重な絵面だね、天候も含めて。」

柔らかな初春の風を気持ちよさそうに受けて、少し目を細めて桜の木を見上げている裕紀を見た陽菜は、横顔が綺麗で少しドキッとする。
思わず、ギュッと繋いでいる手のひらに力を入れたら、「ん?」っと優しい微笑みのまま陽菜の方を向く裕紀。
その柔らかな笑顔に気持ちが掴まれる。

陽菜心の声:『うう…かっこいい。』
『もう何年も一緒にいて、ヒロにいの彼女になって半年以上が経つのに、いまだにこう言う時にドキドキする。』

陽菜「な、何でもないよ!綺麗だなあって思ったの!」
誤魔化すようにまた上を見上げたけれど、頬が熱くなる陽菜。

(陽菜心の声:『私…こんなことでドキドキして赤くなって、やっぱり幼いよな。
ヒロにいは、別にそのままで良いって言ってくれたけど、やっぱりこう言う時に余裕ある感じで楽しくできたら、ヒロにいはもっと楽しくできるんじゃないのかな…。』)

懸命に落ち着こうとふうと少し息を吐く陽菜。

(陽菜心の声:『………うん、努力はしよう。ヒロにいの甘い言葉に甘んじていてはダメだよね。』)
裕紀、隣でそんな陽菜を見て、密かに含み笑い。
(裕紀心の声:「顔真っ赤なんだけど。つか、繋いでる手、汗かいてんじゃん。」)
陽菜の態度が可愛くて仕方なくて、緩む頬を懸命に耐えながら

陽菜「そ、そろそろ行こっか。ヒロにい。」
(裕紀心の声:『ああ…ちょっとテンション抑えなきゃって頑張ってんのね。』)
少しテンションを落ち着けてなるべく穏やかに言ってみる陽菜に合わせて、裕紀も気がつかないふりをして普段通りに話す。

裕紀「そういや、他にも行きたいトコあるんでしょ…ってその前に昼飯食べません?俺、腹減ったわ。ヒナ、確かアジ丼食べたいって言ってなかった?」

陽菜心の声:『アジ丼!!そうだ!インスタで見たお店に行きたいって思ってたんだ!』
パッと顔を明るくして、インスタで見たアジ丼を思い浮かべる陽菜。

陽菜「うん!食べたい!確かここから数分で着くよ!」

ヒロにいの手を引っ張って意気揚々と歩き出してハタとする陽菜。

(陽菜心の声:『し、しまった…。大人の雰囲気でって思ったのに…い、色気より食い気に走って…』)
陽菜が振り向くと、ククッと楽しそうに笑っている裕紀の姿。

陽菜「っ!ち、違うよ!あ、あの…だってヒロにいだってアジフライ食べたいって言ってたじゃん!」
裕紀「うん、食いたいよ?だから、ほら行こ?」

今度は、裕紀が陽菜の手を引っ張る。

陽菜「ひ、ヒロにい…あの…」
裕紀「んー?」
陽菜「…私、決して食いしん坊だからと言うことではなくて…」

陽菜の言い訳に、ふはっと今度は吹き出す裕紀。

裕紀「大丈夫だって。ヒナが色気より食い気なのは、昔からでしょ?」
陽菜「っ!」

(陽菜心の声:『ぜ、全部…バレて…』)

一気に顔が熱を持つ陽菜。

陽菜「ひ、ヒロにいのバカ!嫌い!」

手を振り払おうとするけど、指を絡められている上に、ギュッと強く握られていて離れない。


裕紀「残念だね。今日は怒って部屋に閉じこもれなくて。」
陽菜「っ!」
裕紀「ざまみろ。」
楽しそうに、少し意地悪な笑顔を見せる裕紀。
「ほら、行くよ」と少し陽菜の手を引っ張り歩くように促した。


◇裕紀目線

ー裕紀回想ー
3日目も唸ってるヒナを横目に、予約完了!ってわざと言ってみた。
けれど…値段が高いって恐縮こそすれ、部屋付き露天風呂のことを言われることもなく。
というか、俺が、欲が出ちゃったんだろうね。
恐縮してるヒナにこれ以上宿の事を詮索されないようにってどっかで考えたんだと思う。

「テスト頑張ってよ」なんてさりげなくヒナの気を逸らした。

けれど、テストが終わっても、部屋付き露天風呂でどうこう言われることもなく。当日を迎えて。
ああ、あんまり気にしてないのかな、なんて思ってはいたけど。
当日両親に送り出され出てきたヒナは、「嬉しい!」って表情100%で、俺の所に駆け寄ってきて。
ああ、ほんと、何年経っても、関係が変わっても、俺のこと本当に満たしてくれるよねって心底思った。
桜の遊歩道を歩いて目を輝かせているヒナも、なんか急にお淑やかにしようとし出して、俺の邪魔により失敗に終わって項垂れてるヒナも、アジ丼頬張ってふくふくと幸せそうにしてるヒナも、ぜーんぶ堪能して、あーマジでバイト頑張って良かった!なんて満足の中、過ごした一日。

二人して、歩き回って、だいぶ疲れてきた頃には、日も暮れて辺りは暗くなってきていた。


裕紀「そろそろ、宿に行こっか。」
陽菜「うん、そうだね…っ!」
そこまで100%楽しそうにしていた陽菜が何かハッとした様子で一瞬笑顔が固まる。

裕紀「…ヒナ?どした?」
陽菜「え?!な、何…?何でもないよ?」

(裕紀心の声:『…明らかに動揺し始めたんだけど。』)

裕紀「まだ行きたい場所があるとか?」
裕紀、一応聞いてみる。
(裕紀心の声:『理由は違うってもうわかってるけど。』)

陽菜「そ!そんなことない!早く宿に行こう…って!違うの!宿に行きたいけどね!そう、ほら、ご飯食べたい!」

(裕紀心の声:『…“違うの”って。急に動揺しすぎでしょ。』)

思わず頬が緩んで、慌ててそれを誤魔化すように「確かに、お腹空いたわ」と相槌打ちながらいつも通りを装う裕紀。

(裕紀心の声:『ずっと一緒に居る利点ちゃあ、利点だよね。こう言うの。
こう言う時のヒナの思考が手にとるようにわかる。
やっぱ、気にしてたんだね、『露天風呂付き』。
でも…俺が決めたし、わがまま言っても困らせるだけだって遠慮したって感じなのかな。
まあ、大風呂もあるし、別に無理に一緒に入る必要もないかなとも思うけど。』)


◇陽菜目線
ー陽菜ちょこっと回想ー
(陽菜心の声:『ヒロにいと1日中一緒に過ごした初めての伊豆はどこに居ても、何をしていても予想を遥に超えて楽しくて。
いっぱい笑って、いっぱいドキドキして、嬉しくて、あっという間に時間が過ぎた。
…けれど。
夜になって宿に帰ろうと言うところで、思い出してしまったお部屋に露天風呂がついているってこと。
ヒロにいも全くその話題に触れなかったし、私も何となくどんな感じなのか写真でしか見たことのないものに何となく実感がなくて、ヒロにいと色々な所で楽しんでいる間は忘れてさえいた位。
でも、いざ宿に行くとなったら、急に現実味を帯びてきてしまって…緊張が走ってしまう。
宿に向かおうと言って急に緊張し始めたヒロにいはただ「ん?」と小首を傾げていたっていつも通り。)

裕紀「もしかして、まだ見たい所あった?」
小首を傾げて余裕の柔らかい笑み。

(陽菜心の声:『わ、私が変なこと想像していると言うのに…ヒロにいは優しい!
こ、こんな所で動揺して足を引っ張ってる場合じゃないよね!お、大人になるんだ、私!』)


○櫻燈庵の宿泊室
陽菜が覚悟を決めて入った部屋は、10畳ほどの和室で、シンプルモダンな作り。畳が新しいのかとても良い香がして、その先には、縁側と露天風呂。その向こうに大きな桜の木が寄り添い満開の花をさかせてそれが綺麗にライトアップされていた。

陽菜心の声:『す、すごい!
めちゃくちゃ綺麗で素敵!』

荷物を置いたら、思わずフラフラと縁側の方に寄っていく陽菜。

ー縁側から見える景色ー
暗闇に薄桃色の花がこれでもかと言うくらい咲き、ライトによってその暖かさをより顕著にしている。

(陽菜心の声:『昼間の遊歩道の桜も綺麗だったけど…夜桜もすごく綺麗…』)

景色に見惚れている陽菜の体を裕紀の腕が優しくふわりと背中から包みこむ。

裕紀「…気に入った?」
陽菜「う、うん…凄い素敵…」
裕紀「そ?だったら良かった。」

(陽菜心の声:『ヒロにいの腕に包まれてこんな綺麗な夜桜を見るなんて、私…凄い贅沢…』)


裕紀「…じゃあ、露天風呂一緒に入ってお花見する?」

陽菜の鼓膜に息を吹き込むような裕紀の甘い掠れ声。
それに反応して、顔が熱を持つ陽菜は、思わずピクリと肩を揺らし体を強張らせてしまう。

そんな陽菜をクスリと笑う裕紀の声が耳元でする。次の瞬間、陽菜の首筋にちゅっと唇をつける裕紀。

裕紀「ヒナ…。」
囁くような柔らかい甘い声が耳に注ぎ込まれて、思わずまた「んっ」と体を強張らせる陽菜。

(陽菜心の声:『お、おかしいな。
ヒロにい…今まで全然そういう話してなかったし、雰囲気もなかったのに…。
もしかして、これが大人の余裕というやつなのでは。
それなのに、私…ずっと一人で動揺して…。は、恥ずかしい!
と言うことは、やっぱりここは余裕な感じで「そうだね、そうしようか」って返すのが大人なのかな…。
待って、でもそう返したらそのまま露天風呂に入るってことだよね。』)

頭の中で一緒に露天風呂に入っている絵面を思い浮かべ、顔が沸騰し、目がくらくらしてくる陽菜。

(陽菜心の声:『そ、それは……一緒にお風呂に入るとか…む、無理!
ああ…私、本当に子供だ。
大人になれない。』)

(裕紀心の声:『……俺って、すげー意志弱っ。なーにが『無理して一緒に入らなくても』『ヒナとずっと居られるのがご褒美』だよ。
まあでも…俺の腕に包まれたまま、肩をぴくりと揺らしたヒナは首筋も耳も真っ赤で。陽菜にそんな反応されちゃうとね…。欲を持つなって方が無理でしょ。』)
陽菜の耳裏にちゅっと唇をくっつる裕紀。
『結局自分の楽しみ優先の自己中だよね』と心の中で苦笑いの裕紀。


裕紀「ヒナ、俺、超バイト頑張ったでしょ?ご褒美は?」
陽菜「ご、ご褒美…」
裕紀「そう、ご褒美。ヒナのテストも協力したでしょ?」

自分の方に陽菜の体を向けさせると、困り顔で少し涙目になってる陽菜の表情をその目に捉える裕紀。陽菜の腰から抱き寄せ直して、おでこ同士をつける。陽菜が裕紀のシャツをギュッと握る。

陽菜「じ、時間をください…」
裕紀「やだ。」
陽菜「?!」
裕紀「だって、散々待ったもん。」
(裕紀心の声:『勝手にだけど。
ヒナが成長するまでは手を出さないって。
まあ…それも途中で挫折したけど。』)

裕紀「ヒナ、俺のワガママ聞いてくんないの?」
陽菜「そ、そんなことは…ない…よ…?」

おでこ同士をつけたまま少しだけまた裕紀を上目遣いに見る陽菜。


陽菜「…が、頑張って大人になるから。」

(裕紀心の声『……また、『大人』。
ヒナから見たら、そんなに俺は大人に見えるのかな。どう考えてもヒナのが物事真っ直ぐ考えて捉えてて真っ当だと思うんだけど。
ああ、俺のが大人だから歪んでんの?違うよね、それは。』)

裕紀「やだってば。俺は今のヒナがいい。」
陽菜「……。」

(裕紀心の声:『すげー困り顔…。これ以上いじめると嫌われるかな。
まあ、別にどうしても一緒に風呂入りたいってわけじゃないしね。口実つけて、ヒナにちょっかい出したいってだけだし。』)

裕紀「とりあえず、飯までに一回はお風呂に入ろっか、せっかくだから。」
陽菜「え、えっと…その…」
裕紀「…大浴場の方の露天風呂はもっと夜桜が綺麗に見えるらしいから。」
陽菜「え?あ…だ、大浴場…」
裕紀「あれ?一緒にここで風呂入りたかった?」
陽菜「ち、違っ」
裕紀「そっか、ヒナは一緒に入りたいか〜。そうだよね〜ヒナ、『ヒロにいが一緒じゃなきゃ頭洗わない!』って駄々こねてたもんな〜」
陽菜「?!何それ!知らないよ!そんなの!」

(裕紀心の声:『…でしょうね。俺が、5歳、あなた3歳。』
ー頭の中の回想ー
陽菜が大泣きしておばさんと入ってるのを大樹が脱衣所で待っててあげている絵面)

昔を思い出して、ククッと楽しそうに笑う裕紀に、ぷうっとほっぺた膨らまして、怒る陽菜。
話題が変わって、こわばった表情は消える。

(裕紀心の声:『まあ、仕方ないか。本人が大人になるまで待てっつってんだし。今日の所はお預けで。』)

裕紀「じゃあ、ヒナ。浴衣に着替えて行こっか、大浴場。」
陽菜「うん…。」
裕紀「…手伝おうか?浴衣着るの。『ヒロにいと一緒じゃないとパジャマ着ない!』って…」
陽菜「だから、知らないってば!」
ムウと怒りながらも、心の中では、申し訳なく思う陽菜。

(陽菜心の声:『ヒロにいがこうやって求めてくれているのに…応えられない…。
自分が情けなくて、鼻の奥がツンとする。
ごめんね、ヒロにい。彼女にしてくれたのに、ずっと甘えっぱなしで。
早く大人になれるように、頑張るからね…。』)

陽菜、そう心に誓いながら、裕紀とじゃれあいながら支度をして、部屋を出て、二人で大浴場に行こうとフロントの前を通りかかる。

○櫻燈庵フロント前
一緒に並んで歩いている裕紀が驚いて目を見開いて立ち止まった。
不思議に思いながら裕紀の目線の先の女性二人を一緒に見る陽菜。
女性二人は、ショートボブの髪が艶やかな美人とふわりと柔らかいウェーブがかった長い髪のかわいらしい人。

ショートボブの美人🟰友香里「あ!ヒロ!会えた、会えた!連絡しようと思ってたんだよ〜!ね、羽純?」
ウェーブのかわいらしい人🟰羽純「う、うん…。まあ…。」
意気揚々と裕紀と陽菜のもとに駆け寄ってくる友香里とその後からちょっと気まずそうに遠慮がちに近づいてくる羽純。

(裕紀心の声:『明らかに、ここで会うには不自然な二人なんだけど』)
裕紀「や…何でいんの。」
友香里「ほら、敦弘が良さげだよって言ってたからさ。私達も泊まってみようよ!ってなったの!会えて良かったー!」
羽純「ご、ごめんね…ヒロ…同じ日で。」
友香里「羽純ってば何言ってんのよ!いいじゃん、どうせ行くなら知り合いが居る日のが楽しいし。」
(陽菜心の声:『ヒロにいの…大学のお友達?』)
いきなり寄ってこられて裕紀と軽い会話をし始める二人に、すっかり恐縮している陽菜に、「どうも!大学の友人でーす」と挨拶している友香里。
そんな様子に、目を細め嫌悪感を露わにする裕紀。
(裕紀心の声:『と、言うかさ。いくら行きたいって思ったとしても、普通…同じ日は遠慮するんじゃないの?』)
そこまで思ったが、申し訳なさそうに瞳を揺らして裕紀を見ている羽純と目が合いため息を一つつく裕紀。
『まあ…予定上この日しか空いていなかったのかもしれないし、仕方ないか。
じゃあまあ、お互い楽しみましょうってことでね。』)


「じゃあまたね」と隣で不安そうにしている陽菜の手を裕紀が引っ張って歩き出そうとしたら、「待って!」と友香里が止める。


友香里「ねえ、せっかくだから、一緒に夕飯食べようよ!」

裕紀心の声:『はっ?!やめてよ。
俺は、ヒナのふくふく顔を一人で楽しみたいんだよ!』)
…という本音は友人の前でも陽菜の前でも言えない裕紀。

「どう?」と裕紀に聞かずに陽菜に迫る友香里。にっこりと笑いかけている。


友香里「伊豆がいいって言ったんだってね!大人だよね!ヒロの事、考えてあげてる!」


友香里にそう言われて、パッと表情が少し明るくなる陽菜。

陽菜「お、大人…?」
友香里「そうだよ。ヒロがゆっくりしたいのかなあとかさ。考えたってことでしょ。大人な付き合い、大事だよね〜。彼氏の友達とも仲良くしないと!」
陽菜「そ、そうですね…」
裕紀「『そうですね』じゃないよ。嫌です、俺は。」
友香里「えー!何それ!めっちゃ感じ悪い!」

裕紀心の声『感じ悪くても何でも良いんだよ。俺はヒナと二人がいいの。
なんて、俺の気持ちはヒナには伝わらなかったらしい。』)

陽菜「ひ、ヒロにい…い、良いじゃん…ご飯一緒に食べるくらい。人数多いと、わいわいしてて楽しいよ?」
友香里「わっ!ありがとう!話わかる!フロントに言っておくね!行こう、羽純!また後でね。ヒロ達の部屋に行くから!」

裕紀『…完全に押し負けたじゃん。
友香里め…このままじゃ気が治らないんだけど。』

追いかけて文句言ってやろうとした裕紀の浴衣の袖を掴む陽菜。

陽菜「ま、待って!ほら、ちゃんとヒロにいの知り合いとも仲良くしなきゃ!ね?」
裕紀「んなの必要ないでしょ。それ言ったら逆もってことでしょ?俺がいつ、“ハヤカワ”と仲良くしたよ。」
陽菜「…そ、それとこれは別だもん。」

(裕紀心の声『いや、口篭らないでよ、そこ。
早川君に未練ありなの?って勘繰っちゃうでしょ?)
項垂れ、脱力でため息を出す裕紀。
裕紀の顔色を気にする陽菜の頭を撫でてなんとか諦めモードに切り替え、「とりあえず風呂入ろっか」と行った大浴場。

(裕紀心の声:『…こんなことなら、無理矢理部屋の露天風呂に引きずり込めば良かった。
さっき良い子に引き下がった自分を恨むわ。』)
目の前のライトアップされた大きな桜を見ながら、肩までお湯に浸かり癒されながら、裕紀はまたため息を大きくついた。


ー陽菜目線ー
○陽菜大浴場の露天風呂で、圧巻の大きな桜を見ながらお湯に浸かり、回想・思いを巡らせる。

櫻燈庵のフロント付近にて、友香里と羽純と遭遇した場面

友香里「ヒロ!良かった!会えた!」

(ショートボブの髪が艶やかな美人の)友香里と(ふわりと柔らかいウェーブがかった長い髪のかわいらしい人)羽純と目の前で憎まれ口を平気で叩き、ポンポンと会話する裕紀。

(陽菜心の声:あの時のヒロにいはいつも私が見ている表情とちょっと違った。
なんていうか、知っている人じゃないみたいだった。』)

何となく心許ない不安に襲われたけれど、友香里が笑い話しかけてくれることで緊張はしたものの、どことなくホッとした陽菜。

友香里が「夕飯を一緒に食べよう」と誘ったのに対し裕紀は、「嫌だ」と拒否。

陽菜心の声:『それは多分私が知らない人達で遠慮するだろうって思ってのことだと判断。
いつだって、ヒロにいは私を優先してくれるもん。でも…ね。それも少しずつ変えていかないと、大人になろうって決意したんだし。』


陽菜心の声『ヒロにいの友達なんだから、ヒロにいの立場も考えてここは私がちゃんとしないと!
それにこれなら私大人な対応できそう!頑張れる!
大丈夫…ご飯を一緒に食べる時間くらい、二人きりじゃなくたって、他の時間はずっと二人きりなんだから。
全然大したことないはず。…よし、大人への一歩だ。』

そう意気込んで挑んだ夕食。

○陽菜と裕紀の部屋

裕紀「や…何で?」
眉間に皺を寄せ、困惑する浴衣姿の裕紀。

一つの大きなローテーブルに4人が座り、裕紀の前には友香里、隣は羽純。陽菜は裕紀の斜め前という並びになっている。

友香里「えー!だって!羽純とヒロが隣同士じゃないと、私が気持ち悪いんだもん!」
そんなひろきの困惑をもろともせず、友香里は楽しそうににっこり。
羽純「ゆ、友香里…」
陽菜を気にしつつ戸惑いつつも、裕紀の隣に座っている羽純。
友香里「陽菜ちゃんだってずっとヒロと1日中一緒に居たんでしょ?別にいいよね?少しくらい。それに私、陽菜ちゃんと話したいし!」
隣の陽菜に、にっこり笑いかける友香里。
陽菜「そ、そうですか…」
それに、引き攣りつつ、何とか笑顔を作る陽菜。


陽菜心の声:『これは…どう言うこと?彼氏のお友達とのお付き合いはこんな感じなのかな?』

ー陽菜5分ほど前の友香里と羽純が部屋に来た時の様子を回想ー

裕紀と陽菜の部屋に夕食がセットされて程なくして来た友香里と羽純。
二人を迎え入れるためにドアを開けに行っていた裕紀が、座って待っていた陽菜の隣に腰を下ろす。
途端、友香里が陽菜の腕を引っ張って立たせる。

友香里「陽菜ちゃんは私と隣ね!ほら、羽純、ここ座りな!」
裕紀「はっ?!」
代わりにそこに羽純を座らせようと呼ぶ友香里。それに羽純は「ゆ、友香里…」と戸惑いつつも、座った。

ー回想終わりー

(陽菜心の声:『ヒロにいから一番遠くなっちゃった…。
ヒロにいと一緒に美味しい夕食をゆっくり食べたいなって思ってたのにな…』
少しだけ目頭が熱くなったけれど、いけない、いけないと笑顔を作る陽菜。
そうだよ、これも大人への第一歩だし。
友香里さんは「私、陽菜ちゃんといっぱい話したいから」って言ってくれているんだし…。』)

○陽菜と裕紀の部屋で4人で座り食事をしている

友香里「そう言えばさ、あの課題ってさ…」
真正面の顔。思い出したように。
友香里「ねえ、羽純とヒロは、購買のカツサンド試した?」
楽しそうな横顔
友香里「ラグビー部の先輩の〇〇さんが…」
更に楽しそうな顔
友香里「選択Bの先生がさ…」
ちょっと面白そうに口を尖らせてる。
裕紀と羽純は、相槌を打ったり反応したりしている。

(陽菜心の声:『主に友香里さんが話をふる感じだけど、全然、話がわからない。
大学の話なんだろうけど…。
私と話したいと言っていた割に、私に何か聞いてくることもないし、ヒロにいが、「ヒナ、これうまいよ。好きでしょ。あげよっか」とか話しかけてくれるけど、なんせ斜めでのやり取りだから、続かない。
すぐにまた友香里さんが、「そう言えばさ!」と話題を変えてしまう感じ。』)

裕紀は「ああ、あれね」と相槌打ったりしていて、それなりに楽しんでると陽菜の目からは見えている。
陽菜、頑張らなきゃと引き攣る顔を一生懸命笑顔に変えて相槌打って、とりあえず目の前の料理を食べ続ける。

食事内容:それぞれに小さなお鍋もついた、和食の食事。お刺身や、筍や春菊など旬の野菜の天ぷらなど本来陽菜の好きなものばかり。

(陽菜心の声『何か…一人で食べてるみたい。というか、一人で食べてる時の方が、自分のペースでゆっくり食事を味わえる分全然良いかも。
大人な対応って大変なんだな…というか、私が未熟なんだな…きっと。』)

ネガティブな思考で弱気になってしまい、
一生懸命作っていた笑顔を一瞬だけ消してしまう陽菜

羽純「…ごめんね、陽菜ちゃん。大学の話はわからないよね。」

目の前に居た羽純に、優しくそう話しかけられハッとする陽菜

(陽菜心の声:『い、いけない…つい笑顔を作るのを忘れてしまっていた。』)


途端、友香里が「ああ、ごめん!つい盛り上がっちゃって」とカラカラ笑う。
陽菜、慌ててまた愛想笑い。

陽菜「い、いえ…。私も来年は受験生なんで、参考になるし、大学が楽しい所なんだなーってわかって嬉しいです。」
羽純「そっか、受験…。じゃあ、今は受験生になる前にいっぱい楽しまないとね。」

ニコッと笑うと、右頬にエクボができる羽純。
先程会った時は、髪を下ろしていて、可愛い感じがしたけれど、今は浴衣で、緩く髪をアップにしていて、とても色っぽい感じに陽菜には見える。

(陽菜心の声『それに比べると私、だいぶ子供だな、やっぱり。』)


羽純「…どこ受験するの?やっぱりヒロも居るしうちの大学?」

羽純の問いかけに、「そうしようかなって思ってる」と陽菜が言い出す前に友香里が「えー!」と口を開く。


友香里「流石に、ヒロが居るからってことで自分の進路は決めないでしょ!そこまで行くと重たくない?」

ドキッと思わず心音を立てる陽菜。

(陽菜心の声『そ、そっか…そうだよね。
私のことなのに、「ヒロにいが居て安心!」って決めちゃいけない…よね。というか、ヒロにいからしてみたらそんなにベタベタされたら、鬱陶しいし、重たい…よね。』)

裕紀「や…俺は別に、ヒナの好きにすれば良いんじゃない?って思うけど…まあ、ヒナ、とりあえず勉強頑張んないとね。」
友香里「そう言えば、陽菜ちゃんの勉強ってヒロがみてるんだっけ。
え?!もしかして受験勉強もヒロが見るの?!それは頼り過ぎじゃない?!っていうか、責任かけすぎじゃない?!」
羽純「ゆ、友香里…色々言い過ぎだよ?」
裕紀「ほんと。大きなお世話だわ、マジで。」

目を細め不服そうにする裕紀。羽純は陽菜にに申し訳なさそうに友香里を嗜める。

陽菜心の声『言われてみればその通りだ。なつみとさあちゃんはだいぶ前から予備校に通っている。私は、ヒロにいと一緒に居たいって邪な考えで、ヒロにいから勉強を教わり続けてて…それだけヒロにいの時間を奪ってる。その上、受験まで付き合わせるって…。
私…こういう所が子供なんだ。
考えが至らない、ヒロにいの大変さとか気持ちを想像できない。
全然…だめだ…な。』

落ち込みかけた陽菜に、羽純が「陽菜ちゃん」と優しくまた話しかける。

羽純「これから受験なんだから、色々なことゆっくり考えたらいいと思うよ?」
友香里「羽純はやっぱり優しい!だからヒロはいっつも羽純を気にかけて一緒にいるんだよね!」

(陽菜心の声『……え?』)

羽純「ちょ、ちょっと友香里…」
友香里「えー!本当のことじゃん。何かと、ヒロって、羽純、羽純ってさあ…」
羽純は少し慌てている様子だけれど、友香里は飄々とそう言って笑う。
陽菜が思わず、裕紀の方を見ると、「あー…」と苦笑いしたまま目線を泳がせる。


裕紀「だって、羽純は色々鈍臭いし。困ってんだったら助けるでしょ、誰だって」
友香里「いや、だからさ!羽純が困ってるのをいち早く察知しすぎなんだって!」
裕紀「そう?普通だと思うけど。友達が困ってりゃ助けんでしょ。」
友香里「だって、私が困ってても『頑張れ』くらいのもんじゃん!」
裕紀「友香里は助ける必要ないし。」
友香里「何それ!最低!」

楽しそうに友香里も羽純もそれで笑っている。けれど、陽菜はもう、笑顔なんて作れる余裕は皆無になり、膝下で思わず、ぎゅっと拳を作って少し俯いた。

陽菜心の声『友香里さん“は”ってことは、羽純さんの事は気になってるって事だよね。
なるべく一緒に居て…困ってるのを一番に助けてあげてる。
心配…何だろうな。
気になる…んだろうな、“羽純さんが”。
他の友達とは違う、特別なんだ、きっと。』

ズキズキと気持ちが痛くなる陽菜。
(陽菜心の声『どうしても、「すごい!さすがヒロにい。友人をそんな風に助けてあげられて!」なんて思えない。』)


羽純「…ごめんね、陽菜ちゃん。友香里が変なこと言って。」
羽純が陽菜を慰めるように優しくそう言うのに、「い、いえ…」と引き攣る顔を懸命に笑顔にするのが精一杯な陽菜。


友香里「陽菜ちゃんだって、彼女として、ヒロが大学でどうしているか知りたいよねえ?」
相変わらず飄々と明るくそう言う友香里。
もう…これ以上は聞きたくないかもと思う陽菜。

友香里「まさか、ヒロが自分以外の女子と関わってないなんて思ってないよね?いくら何でも。というか、陽菜ちゃんも一緒でしょ?」
陽菜「一緒…?」
友香里「そうだよ!ヒロ以外の男の子とだってたくさん絡んでて色々な出会いがあるわけじゃん!高校生だし、余計にね。幼馴染なんてずっと一緒に居ると視野が狭くなりそうじゃん。勿体無いと思うな〜」

(陽菜心の声『幼馴染…“なんて”』)
何となく、ヒロにいとの関係を否定された感じがして、悲しくなる陽菜。目頭が少し熱くなって視界がぼやける。

裕紀「…友香里、マジでうっさい。そんなことまで言われる筋合いないんだけど。」
裕紀がムスッとしながらそう言葉を挟む。

友香里「え?!ごめん、ごめん!ちょっと言いすぎたかも!」
笑いながら、そう言って謝ってる友香里。


裕紀「とにかく、飯も食い終わった事だし、そろそろ解散で良くない?」
友香里「えー!もう少し話したいよね?羽純!」
羽純「え…や…でも…」
友香里「ほら、ヒロ、羽純が話したいってさ!」

友香里にそう言われて、「あーもう…」と困ったような顔になる裕紀。

(陽菜心の声『羽純さんが話したいと思ってたら、強く「部屋に帰れ」って言わないんだ…。』
『なんだかモヤモヤとしてしまった自分が嫌になる。
このままここに居たら、どんどん歪んで醜くなりそう。
そんな姿、ヒロにいに見られたくない。
とりあえず食事も終わってるし、私…一旦出て行こう。』)

陽菜「あ、あの…私ちょっと売店を見に行きたいので、行ってきますね。皆さんでもう少しお話しされたらいかがでしょう」
裕紀「はっ?!ヒナ?あのさ…」

陽菜が立ったのを慌てて追いかけて立ち上がる裕紀を陽菜が「ヒロにい!」と笑顔で制する。


陽菜「…せっかく大学の仲良い友達に会えたんだから、ゆっくりしたらいいよ。」
目頭が熱くなるのを必死で抑えながら、笑顔を作る陽菜。
「ね?」と強めに念を押す陽菜に裕紀の綺麗な大きな黒目がちの瞳が揺れる。
陽菜はそれを知らんぷりして、お財布と携帯だけ持って廊下に出ると足早に歩いた。

◯一生懸命に中庭を歩いて、たどり着いた一番大きな枝垂れ桜の木の下。

その下の竹製のベンチに腰を下ろし、スマホを見る陽菜。
見たスマホにはインスタにあげた桜に、さあちゃんとなつみからイイネのスタンプと「楽しんで!」のコメントがある。

(陽菜心の声『あ…早川も、イイネしてくれてる。』)

不意にバレンタインの時の事が浮かぶ陽菜

◯陽菜回想
裕紀のバイト先の帰り道の横断歩道でのシーン
早川『つか、お前が好き』
真剣にそう言う早川。

◯ここからまた桜の木の下
(陽菜心の声『真っ直ぐな想いをぶつけてくれたのは嬉しかった。
でも…やっぱり私はヒロにいしか好きになれないって思ったあの時。
だから、ちゃんと私も誠意を持って断ったわけだし。
きっと…私は、いくら出会いがあったって、変わらない。
幼馴染だから…他に目がいかないことが勿体なくなんてない。
けれど、ヒロにいは違うかもしれない。
今は私が幼馴染だから大事にしてくれているけど、羽純さんを何よりも大事にしたくなったら私の側からは居なくなるかもしれない。』)
そこまで考えたら、そんな現実がいつか来るかもしれないのかと耐えられなくなって、視界が一気にぼやけて、涙がぽたんと落ちる陽菜。


(陽菜心の声『私…子供だもんね。
羽純さんみたいに色気があるわけでもないし、お部屋の露天風呂も断っちゃったし。』)

陽菜、先程、部屋で言われた友香里の言葉を思い出す。
友香里『重たくない?!』

(陽菜心の声『色々…ヒロにいに寄りかかり過ぎてるのも良くないんだろうな。
今日、羽純さんと話しして、思った。羽純さんはちゃんと私も気にかけてくれていて、けれどその場の雰囲気を壊さないようにしていて。空気は穏やかだけどちゃんと気を遣える人。
そんな素敵な人なら、ヒロにいだって惹かれるよ。
いつかそれが恋愛感情に変わる…いや、もう変わって来ているかもしれない…よね。』)


「そ、そんなの…嫌だよう」
涙が零れ落ちてスマホを握る手にぽたんぽたんと落ちて、止めどなく後から後から溢れ出る陽菜

(陽菜心の声『どうして私はこんなにダメなんだろう。
どうして…素敵な大人になれないんだろう…。』)

ぼやけた視界の中でスマホを持っていたせいか、知らないうちにどこかタップしてたのかもしれない。
コール音がいきなり鳴り出して。数回後それが途切れる。


?『…もしもし?』

スピーカーにもなっていたようで。

?『どした?』

聞こえて来たのは…早川の声。
それに流れていた涙がピタッと止まる陽菜。

「…何で早川?」
きょとんとした感じで話し始める陽菜。
『はっ?!お前がかけて来たんだろうが。相変わらずもじゃこだな、お前。』
「もじゃもじゃじゃないし。」
『はいはい…つか、お前、ヒロにいと旅行行ってんじゃないの?良いのかよ、俺に電話なんてかけて』
「…。」

思わず、言葉を詰まらせ、鼻水をずずっと啜る陽菜。それに何かを悟った様に『あー…そう』とそれだけ言うと、『そっち桜綺麗なの?』と話題を変える早川。


「…今、枝垂れ桜にかくまってもらってる。」
『おお…すげえな、枝垂桜。』
「すごいよ!めっちゃ綺麗。もうね、大浴場の露天風呂の所なんてね…」
目をキラキラさせながら話し始める陽菜。

「行く先いく先、桜はめちゃくちゃ綺麗だし!」
『ほー。』
「アジ丼が絶品すぎたし!」
『伊豆って凄えな。』
「でしょ?!それでさ…」

陽菜心の声『本当は美味しいお夕飯食べながらヒロにぃとこう言う他愛もない、今回の旅行の話をしながら食べたかったなぁ…。』

『ヒナ』
スマホの向こうから優しく呼ぶ早川。

早川『なんだ、元気じゃん。』
陽菜「え?」
早川『や?もしかしてヒロにいとケンカでもして、チャンス?!って思ったのに。』
陽菜「そ、それは…」

気まずくなって口ごもった陽菜に、スマホの向こうの早川はクッと少し笑う。

早川『まあ、ちゃんと話すれば?ヒロにいだって、わかってくれんでしょ。ヒナの話ならさ。』
裕紀「…言われなくても、俺は聞くし。
そもそもケンカしてないんでいらぬ心配です。」

(陽菜心の声『え……?』)
頬の横をスッと丸っこい指が通り、スマホの通話終了をタップする。

びっくりして見上げると、口をへの字にして目を細め、不服そうに小首を傾げている裕紀がいて、そのまま陽菜の隣にすとんと腰を下ろす。

陽菜「い、いつの間に…」
裕紀「ちょっと前に来たけど、誰かさんが“ハヤカワ”とめちゃくちゃ楽しそうに会話してたから俺の存在に気が付かなかっただけです。」
陽菜「そ、それは…」
裕紀「売店に行ったかと思って見に行ったら、居ないんだもん。」
陽菜「ご、ごめん…なさい…」
裕紀「や?悪いのは俺だし。」

ふわりと陽菜の身体を横から包見込む裕紀。

裕紀「…ごめん。無理させて…つか、嫌な思いしたよね。色々言われて。」

穏やかなその言葉に、目頭が熱くなって…涙が溢れてくる陽菜。

陽菜「わ、私…」
裕紀「…うん。」
陽菜「こ、子供で…。でも…だから、いっぱいヒロにいに寄りかかってるから…い、言われて当たり前…」
裕紀「……。」

(陽菜心の声『多分、友香里さんの言ってることに嘘はなくて、全部本当のことで。それをストレートに言っただけ。
だから、これから先…ヒロにいが、私よりも羽純さんがいいと思う未来が来るかもしれない。
いや、本当はもうすでに惹かれているけれど、幼馴染という籠に私が閉じ込めているから出られなくなってるのかもしれない。』)

震える腕を持ち上げて、ギュッと裕紀を抱き寄せる陽菜。

(陽菜心の声『ヒロにい、ごめんね。
でも…やっぱり私は、ヒロにいが大好きで、一緒に居たいって思っちゃう。
好きな人の背中を押してあげられないなんて…自己中の子供だって思うけど…それでも大人になれない。』)

言葉、発する前にキュッと唇を一度噛み締める陽菜。

陽菜「ちゃんと自立する…から…。」
裕紀「……。」
陽菜が辿々しく話すのを静かに聞いていた裕紀が、ふうと少し息を吐く。


裕紀「…ヒナ。俺が一番嫌だと思うこと知ってる?」

(陽菜心の声『ヒロにいが…嫌なこと??』)

腕を解かれ、思わず裕紀の顔を見る陽菜。少し眉を下げて今度はおでこ同士をこつりとくっつける裕紀。

裕紀「…ヒナが居なくなること。」

裕紀の答えに「え…?」と少し驚く陽菜。

陽菜「わ、私…?」
裕紀「そうです、あなたです。」
陽菜「い、居なくなるって…だって…」
裕紀「何だよ。」
陽菜「わ、私が居ない方が、3人でゆっくり話ができるかと…うっ!」
裕紀が「うりゃ」と言いながら、くっつけたおでこをぐりぐりとする。

裕紀「俺がいつ、ヒナを追い出してまであの二人と話したいって言ったよ。つか、最初っからヤダって言ってたよ?俺。」

陽菜心の声『確かに…ずっとヒロにいは言ってくれていた。『俺は嫌だ』って。』

陽菜「で、でもそれは…私に気を遣ってのことかと…」
裕紀「いや、俺は、ヒナと旅行に来てんだから、陽菜と居たいに決まってんじゃん。別にそれで他の人にどう思われようといい。」
陽菜「そ、そういうわけには…。」
裕紀「良いんだってば、それで俺は。」

(陽菜心の声『だって…羽純さんのこと、大切にしてるんじゃないの?
だから、夕食の時も、羽純さんの隣に座って特にそれ以上何も言わなかったし…。』)
そう思っていても、聞けずにいる陽菜。そんな陽菜の様子を見て裕紀がまた口を開く。

裕紀「…確かに、羽純のことは結構気にかけてる。」

心の中を見透かされたのかと思ってドキッと鼓動が跳ねて、思わず上目遣いでヒロにいを見る陽菜。裕紀の瞳が暗闇の中でも綺麗に光っているのがわかる。そこに捉えられて目が離せなくなった陽菜に、裕紀は少しまた困り顔を見せて苦笑い。

裕紀「…あの人、色々本当に大変そうでさ。授業とか…色々。皆んなが普通に要領よくやれることも一生懸命やらないとできなくて。で、手伝えることあればと思って声かけてた。そこに他意はないよ。つか、絶対あり得ない。」
陽菜「あり…得ない。」
裕紀「そうです、あり得ませんよ?そんなの当たり前じゃん。ヒナ以外に邪な気持ちなんて抱かないでしょ、絶対。」
陽菜「わ、私…には…」
裕紀「ヒナに対しては、いつだってあわよくばと思ってますけど、今も。」
陽菜「い、今?!」

離れようとした陽菜を腕で捉えて、抱き寄せる裕紀。

裕紀「…言っとくけど、辛くなって"ハヤカワ”に電話とか、言語道断だから。」
陽菜「そ、それは…間違えてかけちゃったみたいで…」
裕紀「ふーん…無意識ねえ…。」
陽菜「ほ、本当だってば…」
裕紀「意識的にかけててたまるか。つか、無意識だって嫌です。間違えんなそんなん。」
陽菜「ご、ごめんなさい…」
裕紀「やだ。絶対やだ。」
陽菜「ひ、ヒロにい…」
拗ねた様に、ぎゅうっと陽菜の首に顔を埋める裕紀。

裕紀「…ヒナ、わがままでも、子供でも、俺はずっとヒナが好きだから…居なくならないで。」
陽菜「うん…。」
裕紀「…じゃあ、部屋一緒に戻ってくれる?」
陽菜「うん…」
裕紀「…戻ったら、一緒に露天風呂入ってくれる?」
陽菜「うん…ってえ?!」
慌てて離れようとする陽菜。それをギュッと余計に腕に力を入れ、離さない裕紀。

裕紀「ヒナに拒否権はありません。俺のこと置いてけぼりにした上に“ハヤカワ”とスマホ越しにイチャイチャしてた。」
陽菜「し、してない!」
裕紀「やだ。入る。」

◯半ば引きずられるように部屋に戻ると、なんだかんだと言いくるめられて入ったお部屋の露天風呂。

裕紀「バスタオル…」
陽菜「ちょっ!ひ、ヒロにい剥がさないで!」
裕紀「え?何?何か言った?」
陽菜「ひ、ヒロに…んんっ」
体に巻いているバスタオルを取ろうとする裕紀の手と格闘している陽菜の唇を塞ぐ裕紀。そこから何度も何度もキスが降ってくる。

陽菜「ん…」
最初は息苦しさを覚え目をぎゅっと閉じていたけれど、繰り返すうちに、陽菜のバスタオルがはらりとお湯の中で解ける。
そんな陽菜の体を、抱き寄せ更にキスを重ねる裕紀。

しばらくそうしてキスを繰り返していて、頭の芯がぼーっとしてきた頃、ようやく唇が解放されて、鼻先をすり寄せられる陽菜。

裕紀「…ヒナ、俺のこと好き?」
陽菜「ん…。」

暖かな湯気と余韻の残る息苦しさで、ふわふわとする。

裕紀「ちゃんと言ってよ。好きって。」
陽菜「す…き…」

発することができた言葉が嬉しかったのか、それともこの状況にのぼせてしまっているのかはわからないけれど唇が震えて鼻の奥がツンとする陽菜。

(陽菜心の声『…ヒロにいが大好き。
それはずっと変わらない…ううん、もしかしたらどんどん好きが増して行っているんじゃないかって思う。』)

再び重ねた唇に幸せを感じているはずなのに、目頭が熱くなる陽菜。

◯部屋のお布団の中

お風呂から上がっても、眠りに落ちるまでずっとずっとと触れ合っている陽菜と裕紀。
けれど…
◯陽菜回想〜夕食の時〜
友香里『重たくない?!』
友香里に言われた言葉と、羽純の笑顔が何度も何度も頭をよぎっていた。


◯翌朝、大浴場の露天風呂

大浴場の露天風呂から、桜が綺麗に咲いている風景をぼーっと眺めふうとため息をだす陽菜。

裕紀『ヒナ、居なくならないで』
昨夜の枝垂れ桜の下で裕紀とのやり取りを思い出している陽菜。

もくもくと立ち昇る湯気に霞む桜とそのさきの青い空。
どことなく空気が澄んでいるのを感じて、気持ち良さに身を委ねて一度目を閉じる陽菜。

(陽菜心の声…幸せいっぱいのはずなのに。
どうしてか、気持ちに靄がかかった感じがする。)

そのまま、肩まで身体を一度沈める。


(陽菜心の声『…そろそろあがろうかな。』)
大浴場を後にしたら会った人

◯旅館売店前辺り
羽純「あ…陽菜ちゃん。おはよう。」
陽菜「羽純…さん…。おはようございます。」
羽純「昨日は、押しかけてしまってごめんね?」
陽菜「い、いえ…」
慌てて笑顔を作りそう返す陽菜。

(陽菜心の声『…あまり会いたくなかったかも。』)

羽純「昨日さ、陽菜ちゃんが出て行ってからヒロにすぐ追い出されちゃった。」
陽菜「そ、そうだったんですね…。何かうまく気を使えなくてすみませんでした。」
裕紀「ううん!違うのそういうことが言いたいんじゃなくてね!ごめんね、私話し方が下手くそで…」
陽菜が謝ると、慌てて恐縮して横に手を振る羽純

羽純「気を遣っていなかったのは私達だから。その…"いつもの大学のノリ"になっちゃって…」

気持ちが、余計にズンと沈むのを感じる陽菜。

陽菜心の声『”いつもの”……か。』

羽純「でも、陽菜ちゃんが出て行って、ヒロが怒って私達を追い返して…心配になったんだ。」
陽菜「あ…いえ…。すぐに迎えに来てくれたので…」
陽菜がそう言うと、羽純は眉を下げて少し困り顔。

羽純「うん…それはね、そうなんだと思うんだけどね?だから心配で。」


陽菜が少し首を傾けキョトンと見ると、羽純さんは少し目を細めて微笑む。

羽純「…ヒロって優しいでしょ?それに更に、幼馴染で仲が良いと言う感覚が混ざるから。」
陽菜「ま、混ざる…」
羽純「うん…。『ほっとけない』んだろうなって。」

(陽菜心の声『それは…その通りだ。
ヒロにいは昔から私に対して過保護だった。
どんな時も私を優先してくれる、優しいお兄ちゃん。
恋人になってもそれは変わらない。ずっと、ずっと、大切にしてくれていて…』)

羽純「陽菜ちゃんが“大切”なのは見ていてよくわかるの。でも、それが執着って感じに思えちゃって…。“幼馴染”に囚われているのかなって心配になったから。」


羽純さんに確信をつかれ、ドキリと少し心音を立て、思わず口をグッと力を入れてつぐむ陽菜
そんな陽菜をみて、羽純さんは少しその優しい瞳を揺らす。

羽純「ヒロの陽菜ちゃんへの愛情は…恋愛感情なのかな?それとも、人としての愛情?」
陽菜「そ、それは…」
羽純の柔らかい表情から、一瞬笑顔が消えた。

羽純「…解放してあげて欲しい。ヒロを。目を覚まさせてあげられるのは陽菜ちゃんだけだと思う。」
羽純の言葉に鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる陽菜。

陽菜「…失礼します。」
その場を離れるのが精一杯だった。


(陽菜心の声『…心のどこかでわかってた。ヒロにいは、私を確かに好きでいてくれている。けれどそれは…長年一緒にいて、ヒロにいが私を恋とかそんなんじゃなくて…幼馴染だからこその愛情で。
だから…余計に最初は嬉しかった。
恋人にしてくれたんだ、私の事を恋愛対象にしてくれたんだって…。

羽純『混ざってしまっているのかなって』

ヒロにいの中で、恋愛感情と人としての愛情が、混同していて…私に恋愛感情を抱いていると錯覚しているってこと?』)

◯2人の部屋
裕紀「ああ、ヒナおかえり。つか随分長くない?風呂…。溶けてるかと思った。」

柔らかい笑顔で陽菜を包みこむ裕紀。


陽菜「…朝の風景が綺麗すぎて、そのままお湯になって居座ろうかと思った。」
裕紀「ダメだってば。居なくなるなつってんじゃん。」
そっと陽菜も裕紀の背中に腕を回して引き寄せて、その胸元に顔を埋めたらくふふと優しい笑い声が降ってくる。
それにまた陽菜は鼻の奥がツンと痛みを覚えて目を閉じた。


(陽菜心の声:『解放…か。
私があまりにも近くに居過ぎることで、ヒロにいは見逃していることがたくさんあるのかな。
それは…ヒロにいのためにならない…ってことだよね。』)

少しグッとお腹に力を込める陽菜

(陽菜心の声:『私が、変わらなきゃ。
今みたいに、ヒロにいにおんぶに抱っこで甘えているだけじゃだめ…だよね。』)
小さく「よし」と決意をする陽菜。顔は裕紀の胸元に埋めたまま。


陽菜「…ヒロにい、私頑張るね。」
裕紀「何?もっかい、入る?部屋の露天風呂。」
陽菜「…そこじゃない。」
裕紀「他にヒナが頑張らなきゃいけないことなんてあったっけ。」

相変わらずぎゅーっとくっついてくれている裕紀の落ち着いた心音が気持ちを前向きにしていくのを感じる陽菜。

(陽菜心の声『…大丈夫。きっと変わった先でも私はヒロにいが大好きだ。
それは、絶対に自信があるから。』)

陽菜「ご飯、あじの干物ある?」
裕紀「うん。用意されている中にはあるね。」
陽菜「じゃあ、頑張って食べないと!」
裕紀「ああ、そこね、『頑張る』は」
楽しそうに笑う裕紀の声を聞きながら決意をする陽菜。

(陽菜心の声『これからもずっとこの声を聞いていられるように…ヒロにい、私頑張るからね。
ちゃんと自立してヒロにいに寄りかから頭に、自分の足で立てるように…。』)