男装令嬢は双子の兄のために縁談を蹴りに行きます

 王女の求婚騒ぎは一段落し、風の噂によれば、今はルルツェン侯爵令息を追いかけ回しているらしい。寝込んでいた兄も復活し、貴族院で学友と勉学に励んでいる頃だろう。
 平和な一日は素晴らしい。
 そう思いながら蔓草の刺繍に励んでいると、バタバタと騒がしい足音が近づいてくる。かと思えば、バンッと勢いよく私室のドアが開いた。

「大変だ……!」

 ノックもなしに開けられるドアに、父親の後ろにいた執事がうろたえた様子を見せる。しかし、ローエンはいつになく狼狽した様子で、目が血走っていた。
 ミーアは執事に目で大丈夫だと伝えて下がらせ、椅子から立ち上がる。

「一体何事ですか、お父様。落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか! お前に婚約の申し込みが来たのだ」
「……お兄様ではなく? 私にですか?」
「そうだ」
「何かの間違いでは……」

 思い違いを示唆すると、ローエンは胸元のポケットから一通の封筒を取り出した。それを受け取り、ミーアは宛先を確認した。
 ローエンはソファに力なく座り込み、両手を組んだ。

「間違いなく、ミーア・カレンベルク宛てに届いている。アルヴィ・キースリングという名前に覚えはあるか?」
「……ああ、アルヴィ様ですか。第三王子の護衛の方ですね」
「なんだと? 第三王子の側近に見初められるとは、一体何をしたのだ?」

 見初められた覚えはないが、何をしたかと言われたら一つしかない。

「何って……男装をしましたが」
「ま……まさか……! バレたのか!?」
「確かにバレましたが、口止めはしてあります。問題ありません」
「問題大ありだろう。よもや、男装する趣味があると思われていないよな? いや、もしかして男装のお前が気に入ったとか……!? なんてことだ!」

 頭を抱えてしまったローエンに、ミーアは解決策を提示する。

「落ち着いてください。どういう了見なのか、直接問いただせばよいではありませんか」
「そうだな、問いただす……いや待て。丁寧に尋ねるのだ。相手は王子の側近だ。余計な問題を引き起こしたくない」

 小心者らしい返答だったが、これ以上、取り乱されては困る。ミーアは渋々頷いた。