話を無事丸く収めて、安堵できたのは短い時間だった。
勉強があるらしいジェラルドを先に見送り、ミーアも頃合いを見てそそくさと退室した。できるだけ人気のない道を選んで歩いていると、ふと淡い金髪が目に入る。
(しまった……この人のこと、忘れてた)
ジェラルドの姿はない。一人で待ち構えていたのだろう。
行く手を塞ぐように立つアルヴィは目が合うと、隙のない笑顔を向けた。
「もうお帰りですか?」
「は、はい……」
「残念ですが、このまま帰すわけにはいきません。少々付き合ってもらいます」
有無を言わさぬ口調に、ミーアは力なく頷いた。
「……かしこまりました」
連行された先は狭い一部屋だった。物置になっているのか、棚にはいくつかの箱が並べられている。窓から差し込む夕日に照らされたアルヴィの顔は厳しい。
「……あの、怒っていますか?」
おずおずと切り出すと、アルヴィはずんずんと近づいてきて肩に顔を埋めた。何が起こっているのかわからず、硬直するミーアの耳元で声が囁く。
「……甘い香りですね……」
「はっ? え、な、なに、を……」
背中に手を回され、抱きしめられる格好になる。助けを求めて伸ばした手が虚しく宙を切る。異常事態が起こっている。一体なぜ。
そこまで考えて、ある可能性に気がつき、ミーアは声を大にして謝罪の言葉を口にした。
「ご、ごめんなさい。道ならぬ恋というのは嘘です! あなたの気持ちには応えられません! だから、この手を離してください!」
必死に言い募ると、すぐに腕の拘束は解かれた。ミーアは脱兎のごとく、ドアまで一気に後退して距離を取る。警戒をあらわにしていると、アルヴィが真顔で見つめてくる。
「あなたは……ノエル・カレンベルクではないですね」
「……っ……!」
否定しなければ、肯定したのと同じだ。そう思うのに、口の中で言葉が空回りする。
その様子すら見透かしたように、アルヴィは淡々と述べる。
「姿形はそっくりですが、あなたは男性ではない。女物の髪の匂い、体の線の細さ、そして何より、佇まいが本物より優雅だった」
「…………」
「本物のノエル様はいつも自信なさそうに、びくびくとしていらっしゃいました。ですが、今日のあなたには余裕がある。ふとした仕草にも違和感がありました」
気をつけていたつもりだったのに、勘づかれるとは。
(騎士の観察力をなめていたわ……!)
何としてでも、王女や王子にバレるわけにはいかない。目の前の男に口止めさえすれば、まだ活路はある。この際、同情でもなんでもいい。
ミーアは顎を引き、自分の非を認めた。
「……おっしゃるとおりです。私は双子の妹のミーアと申します。ですが、これにはやむを得ない事情があったのです。昼夜を問わない、王女殿下の熱烈なアプローチに兄は今も寝込んでいます。そして、我がカレンベルク家は王女を受け入れる心の余裕がないのです。ですから、王女の求婚をキッパリ断るために、私は派遣されました」
「では、お兄様の代わりに……?」
「兄は気が弱い男です。貧血がちで、体も丈夫とは言いがたいです。この縁談をお受けするわけにはいかなかったのです」
切々と訴えると、アルヴィは神妙な表情になった。
「断りきれない男の代わりに、私に白羽の矢が立てられました。王族の方々を騙してしまったことは悪いと思いますが、このままなし崩し的に婚約して結婚した後、王女様が不幸になる未来を避けるためでございました。どうかお見逃しいただきますよう、お願いいたします」
頭を下げ、自分の靴先を見下ろす。と、そこへ大きい靴が視界に入ってくる。反射的に顔を上げると、アルヴィが困ったように笑った。
「そういう事情なら、私も口を閉ざしておきます」
「……共犯者になっていただけるのですか?」
「ええ、まぁ。そういうことになりますね。私たちは秘密の共犯者です」
オレンジの光を背後に纏い、アルヴィは内緒話をするように、人差し指を唇に押し当てた。
勉強があるらしいジェラルドを先に見送り、ミーアも頃合いを見てそそくさと退室した。できるだけ人気のない道を選んで歩いていると、ふと淡い金髪が目に入る。
(しまった……この人のこと、忘れてた)
ジェラルドの姿はない。一人で待ち構えていたのだろう。
行く手を塞ぐように立つアルヴィは目が合うと、隙のない笑顔を向けた。
「もうお帰りですか?」
「は、はい……」
「残念ですが、このまま帰すわけにはいきません。少々付き合ってもらいます」
有無を言わさぬ口調に、ミーアは力なく頷いた。
「……かしこまりました」
連行された先は狭い一部屋だった。物置になっているのか、棚にはいくつかの箱が並べられている。窓から差し込む夕日に照らされたアルヴィの顔は厳しい。
「……あの、怒っていますか?」
おずおずと切り出すと、アルヴィはずんずんと近づいてきて肩に顔を埋めた。何が起こっているのかわからず、硬直するミーアの耳元で声が囁く。
「……甘い香りですね……」
「はっ? え、な、なに、を……」
背中に手を回され、抱きしめられる格好になる。助けを求めて伸ばした手が虚しく宙を切る。異常事態が起こっている。一体なぜ。
そこまで考えて、ある可能性に気がつき、ミーアは声を大にして謝罪の言葉を口にした。
「ご、ごめんなさい。道ならぬ恋というのは嘘です! あなたの気持ちには応えられません! だから、この手を離してください!」
必死に言い募ると、すぐに腕の拘束は解かれた。ミーアは脱兎のごとく、ドアまで一気に後退して距離を取る。警戒をあらわにしていると、アルヴィが真顔で見つめてくる。
「あなたは……ノエル・カレンベルクではないですね」
「……っ……!」
否定しなければ、肯定したのと同じだ。そう思うのに、口の中で言葉が空回りする。
その様子すら見透かしたように、アルヴィは淡々と述べる。
「姿形はそっくりですが、あなたは男性ではない。女物の髪の匂い、体の線の細さ、そして何より、佇まいが本物より優雅だった」
「…………」
「本物のノエル様はいつも自信なさそうに、びくびくとしていらっしゃいました。ですが、今日のあなたには余裕がある。ふとした仕草にも違和感がありました」
気をつけていたつもりだったのに、勘づかれるとは。
(騎士の観察力をなめていたわ……!)
何としてでも、王女や王子にバレるわけにはいかない。目の前の男に口止めさえすれば、まだ活路はある。この際、同情でもなんでもいい。
ミーアは顎を引き、自分の非を認めた。
「……おっしゃるとおりです。私は双子の妹のミーアと申します。ですが、これにはやむを得ない事情があったのです。昼夜を問わない、王女殿下の熱烈なアプローチに兄は今も寝込んでいます。そして、我がカレンベルク家は王女を受け入れる心の余裕がないのです。ですから、王女の求婚をキッパリ断るために、私は派遣されました」
「では、お兄様の代わりに……?」
「兄は気が弱い男です。貧血がちで、体も丈夫とは言いがたいです。この縁談をお受けするわけにはいかなかったのです」
切々と訴えると、アルヴィは神妙な表情になった。
「断りきれない男の代わりに、私に白羽の矢が立てられました。王族の方々を騙してしまったことは悪いと思いますが、このままなし崩し的に婚約して結婚した後、王女様が不幸になる未来を避けるためでございました。どうかお見逃しいただきますよう、お願いいたします」
頭を下げ、自分の靴先を見下ろす。と、そこへ大きい靴が視界に入ってくる。反射的に顔を上げると、アルヴィが困ったように笑った。
「そういう事情なら、私も口を閉ざしておきます」
「……共犯者になっていただけるのですか?」
「ええ、まぁ。そういうことになりますね。私たちは秘密の共犯者です」
オレンジの光を背後に纏い、アルヴィは内緒話をするように、人差し指を唇に押し当てた。



