男装令嬢は双子の兄のために縁談を蹴りに行きます

 自分は高熱に浮かされて、ここ数週間の記憶があやふやになっているという設定を作り、ミーアは王城に向かった。噂はローエンに流してもらった。寝込んでいる本物の兄からは「……頼む」とだけ言われている。やるしかない。
 向かう先は王女がよく使うサロンだ。白雪の間というらしい。白い柱が続く回廊を渡っていると、向かい側から騎士姿の若い男が歩いてきた。目礼して通り過ぎようとするが、面識があったのか、話しかけられてしまった。

「ノエル様。数日寝込んでいたと伺いましたが、もう大丈夫なのですか?」

 捕まってしまったものは仕方がない。話を合わせるほかない。
 この三日間の特訓の成果を見せるときだ。ミーアは兄ならどう言うかを考え、口を開いた。

「今はこのとおり、回復したよ。……ただ、熱の弊害で……」
「ああ、確か記憶が一部欠けているとか。おつらいですね。あ、私はジェラルド殿下の護衛をしております、アルヴィでございます。……覚えていらっしゃいませんか?」

 ミーアは目の前の男を見返す。
 淡い金髪にアクアマリンと同じ瞳の色。ふわふわに波打った髪は柔らかそうで、整った顔立ちをしている。目元は涼しげな一重で、色気を感じさせる。

「すまない。アルヴィ殿。まだ記憶が混乱しているんだ」
「早くよくなるとよいですね。よろしければ、ご案内しましょうか」
「白雪の間は……この通りをまっすぐ行った先で合っているだろうか?」
「はい」
「ならば供は必要ない。貴殿も仕事があるのだろう? 護衛の任務を優先してくれ」
「承知しました。ジェラルド殿下もお茶会に呼ばれていますので、後ほど合流できるでしょう。では」

 一礼して去っていくのを見送り、ミーアは内心ため息をつく。

(ジェラルド殿下って、まだ八歳の第三王子よね? 王子もお茶会に呼ばれているなんて聞いてないわよ……)

 王女だけを騙せば終わりかと思っていたが、違うようだ。
 しかし、すでに作戦は始まっている。今さら退けない。頼れるのは自分だけだ。気を引き締めて歩みを再開した。