「ミーア。お前だけが頼りだ」

 事の発端は、二週間前のガーデンパーティーだった。
 貴族の子どもたちの交友会で、お忍びの第一王女が双子の兄に恋をした。御年十二歳の王女は思い込みが激しく、これは運命の恋だわと騒ぎ、熱烈なアプローチをした。王女の機嫌を損ねるわけにはいかず、お友達から始めましょうと、その場は事なきを得た。
 しかし、それを真に受けた王女から再三にわたり、お茶会の招待状が届く。
 断るわけにもいかず、おずおずと顔を見せに行くと、自己アピール攻撃は激しくなる一方だった。昼夜を問わずに自筆のお手紙も届き、とうとう兄は寝込んでしまった。
 もともと気弱な性格だったのもあるが、双子の妹であるミーアに言わせれば、よくここまで持ちこたえたと思う。

「どうかノエルの代わりに、断ってきてくれ。我が家に王女殿下を迎えることを考えただけでも、胃がキリキリする。カレンベルクの家系は皆、小心者なんだ。わかるだろう?」

 父親のローエンがすがるような目を向けてくる。
 ミーアは母親譲りの翡翠の瞳を瞬き、人差し指を顎にのせた。

「気持ちはわからないこともありませんけれど……バレたときが大変なのでは?」
「幸か不幸か、お前たちは顔だけでなく、声もそっくりだ。口調を真似れば、どっちか区別がつかない。よく知る者なら騙されないだろうが、王女殿下とはまだ面識も浅い。勝機はある」
「……わかりました。断ってきたらいいのですね?」

 死んだ母が生きていたら止めていただろうが、小心者の身内をかばえるのは自分しかいない。そうと決まったら、行動は早いほうがよい。
 執事を呼び、男装の準備について詳細な打ち合わせをした後、ミーアは夕食の席にいた。兄はまだベッドの上だ。ローエンはカトラリーを置いて、ジッと娘を見つめる。

「何も髪を切る必要はなかったんじゃ……」

 長かった藤色の髪は今、肩につくほどの長さに変わっていた。着ている洋服も兄のものだ。その場しのぎの演技で王女を騙せるとは思えない。兄になりきるには、今から練習を積み重ねておく必要がある。

「……話を聞く限り、王女様は溌剌とした方のようです。何が起こるかわかりません。バレたときのリスクを考えれば、これぐらいの覚悟は必要です」
「で、でも、きれいな髪がもったいない……」
「髪はすぐに伸びます。それに、勝ち気な女を娶りたいという殿方もそうはいません。もとより、行き遅れは覚悟の上です」
「気概は素晴らしいが、父親としては複雑だ……」

 ローエンの嘆きは聞き流し、ローストビーフにソースをつけて口に運んだ。