不意に動けばぶつかってしまいそうな距離。
その髪色が狼っぽいと昔も今も思っていたけど、今は本物の狼のよう。
獲物に狙いを定めた、狼の目。
「…まだ逃げないんですか?」
この人はちゃんと逃げ道をくれている。
だけどこの距離から。
この目から。
逃げる資格が私にあるとは思えない。
「…もしかして期待してた?」
「期待?」
「俺が貴女に今しようとしてること。そこまで読んだ上で、逃げずにいるんですか?」
「…何で。」
何でシオン将軍が。
まるで傷付いたかのような顔をしているの?
逃げずにいる私を責めるように。
シオン将軍は私を卑下するように見下ろす。
思い出しても思い出さなくても。
結局傷付けるなら思い出さなければよかったなんて、どうしようもない後悔をしてしまった。
「…何をされたって私は文句も言えない…と思う。だけどもう私は城から出られたから、これからは好きに生きて欲しいって言ったらシオン将軍の気は晴れる?」
「は?」
「晴れるわけないよね。だからもう煮るなり焼くなり好きにしていいよ。殴っても斬っても全然良い。それだけのことしたってちゃんと理解してる。シオン将軍の時間は返ってこないし。」
「何言って…。」
とんでもない至近距離から、先に堪らず少し後ろに下がったのはシオン将軍。
私はまた俯くことしかできない。
「言っちゃ、いけなかった。助けなんて、求めちゃいけなかった。あんな状況で、私の立場で…簡単に縋っちゃいけなかった。」
「…馬鹿ですか?」
「…馬鹿だった。自分のことしか考えてなかった。本当にごめんなさい。」
「勝手に過去形にしないでください。現在形で馬鹿かって聞いてんだよ。」
もう無礼が漏れに漏れてます。
いや、別に気にしないんだけども。

