(二)この世界ごと愛したい





「赤い顔が嬉しいって言ってる。」


「ち、ちがっ…!」




持ち上げられた私は、そのまま先ほどシオン将軍が寝ていた寝台に降ろされる。



月明かりが照らす中。




一匹の狼が私を至近距離で見つめている。






「…逃げなくていいんですか?」





この狼に。


やっぱり見覚えがある。




ハルの暗示が少しずつ解けていくように、私の記憶の蓋が開く。







『…悪趣味な部屋。』


『っ…。』


『あんた何泣いてんの?』


『泣いてないし!あんたじゃないし!私姫なんですけど!』


『じゃあリンって名前の姫ってあんた?』


『ぶ、無礼すぎる!態度改めて出直してきてください!!!』




私の部屋の唯一檻のない窓。


それは城の後方。断崖絶壁のその場所には檻を下ろす意味がない。



そんな場所に突如現れた、一匹の狼。





『それで?何泣いてんの?』


『っお外に、行きたい…です…。』


『行けば?』


『…狼さんは強い人なの?』




恐らく城の壁を伝って私の部屋の窓から侵入した狼は、ただただ泣いている私を慰めるわけでもなく冷たく見下ろすだけ。





『狼さんって俺のこと?』


『図鑑で見たよ。狼さんは銀色の毛なの。』


『…人間のつもり。』


『…そっかー。強くないならただの無礼な人かー。じゃあ助けてもらうのは無理そうだね。』




止まらない涙も。


諦めかけた外の世界も。



私はこの部屋で一人耐えるしかない。





『ムカつく言い方。』


『ふふ。ごめんね狼さん。でも久しぶりに外の人と話せて嬉しい!』


『…今度は笑ってるし。』




狼さんは奇妙な物を見るように。


ただ、コロコロ変わる私の変化を珍しく思うだけ。







『姫様ッ!!!』




城の衛兵の声が聞こえたと同時に、見つかる前に私はその狼を布団の中に隠す。



檻を上げるスイッチを押した衛兵が私の部屋に入る。





『姫様、エゼルタの客人が城内を彷徨いております。我々も捜索しますが見かけられたらお声掛けください。あと絶対にここから出ないようにお願いします。』


『うん。私は大丈夫だからみんなも気を付けてね。』




流した涙の跡さえ拭い消し。心配させないように笑って衛兵をやり過ごす私。


狼は息を潜めてその光景をただ眺めるだけ。