「赤い顔が嬉しいって言ってる。」
「ち、ちがっ…!」
持ち上げられた私は、そのまま先ほどシオン将軍が寝ていた寝台に降ろされる。
月明かりが照らす中。
一匹の狼が私を至近距離で見つめている。
「…逃げなくていいんですか?」
この狼に。
やっぱり見覚えがある。
ハルの暗示が少しずつ解けていくように、私の記憶の蓋が開く。
『…悪趣味な部屋。』
『っ…。』
『あんた何泣いてんの?』
『泣いてないし!あんたじゃないし!私姫なんですけど!』
『じゃあリンって名前の姫ってあんた?』
『ぶ、無礼すぎる!態度改めて出直してきてください!!!』
私の部屋の唯一檻のない窓。
それは城の後方。断崖絶壁のその場所には檻を下ろす意味がない。
そんな場所に突如現れた、一匹の狼。
『それで?何泣いてんの?』
『っお外に、行きたい…です…。』
『行けば?』
『…狼さんは強い人なの?』
恐らく城の壁を伝って私の部屋の窓から侵入した狼は、ただただ泣いている私を慰めるわけでもなく冷たく見下ろすだけ。
『狼さんって俺のこと?』
『図鑑で見たよ。狼さんは銀色の毛なの。』
『…人間のつもり。』
『…そっかー。強くないならただの無礼な人かー。じゃあ助けてもらうのは無理そうだね。』
止まらない涙も。
諦めかけた外の世界も。
私はこの部屋で一人耐えるしかない。
『ムカつく言い方。』
『ふふ。ごめんね狼さん。でも久しぶりに外の人と話せて嬉しい!』
『…今度は笑ってるし。』
狼さんは奇妙な物を見るように。
ただ、コロコロ変わる私の変化を珍しく思うだけ。
『姫様ッ!!!』
城の衛兵の声が聞こえたと同時に、見つかる前に私はその狼を布団の中に隠す。
檻を上げるスイッチを押した衛兵が私の部屋に入る。
『姫様、エゼルタの客人が城内を彷徨いております。我々も捜索しますが見かけられたらお声掛けください。あと絶対にここから出ないようにお願いします。』
『うん。私は大丈夫だからみんなも気を付けてね。』
流した涙の跡さえ拭い消し。心配させないように笑って衛兵をやり過ごす私。
狼は息を潜めてその光景をただ眺めるだけ。

