たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「……蓮くん? 泣いてるの?」

 戸惑ったような詩音の声に、蓮は慌てて笑みを浮かべた。

「また明日もその先も、詩音ちゃんのためにピアノを弾くって約束する」

 笑って小指を差し出すと、詩音は驚いたような表情で蓮を見上げた。今、約束を交わしたとしても、明日になれば蓮のことをまた忘れてしまうのにと言いたいのだろう。
 だけど、笑顔で手を差し出したままの蓮を見て、詩音はおずおずと手を上げ、ゆっくりと蓮の指に小指を絡めた。

「うん、約束」

 小さな声で囁いて、詩音は絡めた手を上下に振る。

「蓮くんのピアノをひとりじめって、すごく贅沢な気分」 

 いつかと同じことをつぶやいて、詩音は微笑んだ。
 
 詩音の世界に響く蓮の音が、彼女の記憶を取り戻せる日は来るだろうか。
 そんな日が来ることを願って、蓮はこれからも詩音のために音を奏でる。