たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

『蓮くんへ

 まだ、蓮くんのことを覚えているうちに書いておくね。
 蓮くん、大好き。蓮くんの優しい笑顔も、大きな手も、きらきらしたピアノの音も、全部大好き。
 私に、愛することの幸せを教えてくれて、ありがとう。
 蓮くんのことは、いつか忘れてしまうかもしれないけど、この幸せな気持ちだけは忘れないでいたいな。
 本当は、蓮くんのことも、忘れたくないけど。
 蓮くんに会ってから、毎日が本当に幸せだったよ。蓮くんが弾くピアノみたいに、きらきらしてた。
 ずっとこのままでいたいなぁって、何度も思ったよ。
 だけど、近いうちに私は蓮くんのことも忘れてしまうと思う。ごめんね。酷いよね。

 私が蓮くんのことを忘れる日が来たら、その時は蓮くんも私のことを忘れてください。
 忙しい練習の合間を縫って会いに来てくれていたこと、本当に嬉しかったけど、これから先は蓮くんの時間は自分のために使ってください。蓮くんのピアノは、きっとこれからもたくさんの人を幸せにするから。
 私は、たくさん蓮くんのピアノを聴かせてもらったから。少しだけ残念だけど、やっぱり蓮くんのピアノはひとりじめしたらだめだと思うの。
 大丈夫、私は忘れちゃうから、蓮くんが来ないことにも気づかないもん。
 だから、気にしないでね。

 ひとつだけ、私の手帳だけは処分してもらえると嬉しいな。手帳を見たら、蓮くんやヒナのことを忘れたことに気づいてしまうかもしれないから。
 いつか私が死んだら、棺桶に一緒に入れてくれたら嬉しいけどね。

 本当に、たくさんの幸せをありがとう。
 いつか、有名になった蓮くんの弾くピアノをどこかで聴けたらいいな。
 私のためじゃなくて、たくさんの人のために、これからもピアノを弾いていてね。
 だから、私のことは忘れてください。
 私からの、最後のお願い。
 蓮くん、大好きでした。
 
 詩音より』