たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「蓮くん……に、手紙。手帳の中」

 戸惑ったような口調でつぶやく詩音を見ると、彼女は自分の左腕を見つめていた。そこにはペンで何やら文字が書かれている。
 白いカーディガンを羽織っていたので気づかなかったけれど、腕を伸ばしたことで袖口が捲れ上がって文字が見えるようになったらしい。
 きっと、記憶が残っているうちに書かれたその文字を、詩音は指先でなぞったあと、そばに置かれた手帳に手を伸ばした。


「手紙って、これかな」

 詩音が取り出したのは、青空模様の封筒。そこには確かに詩音の筆跡で、『蓮くんへ』と書かれている。
 一緒に挟まれていたのは、以前に二人で撮った写真。
 楽しそうに顔を寄せ合って笑う二人の顔に指先で触れて、詩音がため息をつきながら笑った。

「あぁ……そっか。ごめんね、きっと蓮くんは私の大事な人だったんだよね。だけどもう、私……何も覚えていないの」

 うつむいてつぶやいたあと、詩音はゆっくりと封筒を蓮に差し出した。

「多分、覚えてるうちにって何か書いたんじゃないかな。読んでもらえたら、嬉しいな」

「ありがとう」

 少し震えた手が握りしめる手紙を、蓮はそっと受け取った。
 震える指先で、蓮はそっと詩音からの手紙を開く。
 封筒と揃いの、よく晴れた青空の色をした便箋に、詩音の綺麗な字が並んでいる。