たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 もうすぐ彼女の記憶から蓮は消えてしまうけれど、蓮は詩音を絶対に忘れない。
 誰よりも大切で、何よりも愛おしい人なんだという気持ちを込めて。

 愛してるなんて、言葉にするのは恥ずかしくてたまらないけれど、こうして音に込めることならいくらでもできる。
 誰もいなくなった彼女の世界に、蓮の音がどうか響いていますように。
 そう祈りながら、蓮はひたすらにピアノを弾く。


 幸いにも、途中で制止されることなく、蓮は最後の音をゆっくりと鳴らした。
 立ち上がって座席を見つめると、嗚咽を堪えるように口元に手をやった詩音と目が合った。その瞬間、彼女が泣き笑いのような表情を浮かべるから、蓮は詩音に向かって深く頭を下げた。

 戸惑ったようにパラパラと生じた拍手の音は、やがて会場全体に広がっていく。
 失格は間違いないけれど、やりきった感はあるから、後悔はしていない。
 蓮は堂々とステージをあとにした。