たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「佐倉(さくら) 蓮。よろしく」

「さくら、れん……蓮くん。やっぱり! 知ってる! 覚えてる!」

 突然目を輝かせて蓮の手を握った詩音に戸惑っていると、照れたように笑った詩音が手を離す。ひんやりとした手の感覚だけが、蓮の指先に微かに残った。

「コンクールで名前、よく見てたんだ。ふふ、覚えてた」

 嬉しそうに笑った詩音が、有名なコンクールの名前を出す。

「私もね、習ってたんだけど全然でさ。結局辞めちゃったんだけど、いつもコンクールは聴きに行ってたんだ。蓮くんはすごいよね、いつも入賞してたもんねぇ」

 確かに蓮はそのコンクールに毎年出場していて、何度も入賞している。もっと上位にいけないことが密かに悔しかったのだけど、にこにこと笑う詩音を見ていると、そんなことを考えているのが恥ずかしくなってくる。
 
「あ、そうだ、自己紹介しなきゃ。尾形(おがた) 詩音です」

 詩音は蓮の手をとって、手のひらに指で文字を書く。

「詩に音って書くの。だからかな、音楽が好きなんだ。もう全然弾けないけど、ピアノが一番好き。前にも思ったけど、やっぱり蓮くんのピアノは音がきらきらしててすごく素敵だったぁ」

「本当に? きらきらしてた?」

 思わず食いつくように身を乗り出した蓮に、詩音は一瞬きょとんとしたあと、弾けるような笑顔を見せた。

「うん。蓮くんの指先から、光の粒がこうやってきらきらって溢れてるみたいだった」

 両手をひらひらとさせて、ジェスチャーつきで表現してくれる詩音に、蓮も思わず笑顔になる。

「なぁ、もう一曲弾いてもいい?」

「もちろん!」

 大きくうなずいた詩音に笑ってみせて、蓮は再び鍵盤に向かった。