たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 三人は、いつものようにピアノのある部屋へと向かう。
 見た目だけなら何も変わらないのに、交わす会話はどこかよそよそしい。 
 それでも詩音と雛子は、時折笑顔を浮かべて何かを話しながら蓮のピアノを聴いている。
 
「明日弾くのは、その曲?」

 詩音の問いに、蓮はうなずいた。ミスなく弾くことはできるけれど、結局理想の音は完全に掴めないまま本番を迎えることになりそうだ。
 凛とした、それでいてきらきらと輝くような、遥か遠くまで響くような音。あと少しで手が届きそうなその音にたどり着くのは、きっと明日だという気がする。

「詩音ちゃんのために弾くって約束したもんな」

「えへへ、嬉しいな。蓮くんのピアノをひとりじめだよ。すごい幸せ」

 詩音は、嬉しそうに頬を染めて微笑む。

「明日は、あたしと悠太くんも一緒に行くからね」

「うん、ありがとう、ひなちゃん。だけど私、明日にはまた全部忘れちゃってると思うから……ごめんね」

 眉を下げる詩音に、雛子は首を振って笑う。

「大丈夫。何度だって説明してあげるから。あたしと詩音は親友なんだって」

 力強いその宣言に、詩音は涙を堪えるように小さくうなずいた。