たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「このまま、もう詩音と会わないのもいいと思うよ」

 うつむいた相馬がぽつりとこぼした言葉に、蓮は顔を上げる。

「詩音に自分の存在を忘れられることは、覚悟していても辛いものだから」

 経験して初めて分かったと、相馬は苦い笑みを浮かべた。

「このまま詩音に会わず、楽しかった思い出だけ残しておいても誰も責めない。詩音自身も、もうすぐ全てを忘れてしまうだろうからね」

 以前にも、同じようなことを相馬に言われたけれど、今の彼は心から蓮のことを思って言ってくれていることが分かる。
 だけど、蓮はゆっくりと首を振った。

「ありがとうございます。だけど、明日も約束したから」

 別れ際に指切りを交わした、細く冷たい指の感触を思い出しながら、蓮は相馬をまっすぐに見つめた。それを受け止めて、相馬の表情がふっと緩む。

「本当に、詩音は友達に恵まれたね。雛子ちゃんも、同じことを言っていたよ」

 缶コーヒーを飲み干して、相馬は立ち上がった。

「雛子ちゃんも明日の朝、詩音を訪ねると言っていた。僕は仕事でどうしても外せないから、そばにいてやれないのが辛いけど」

 雛子を想うように一瞬目を閉じたあと、相馬は蓮を見つめた。それを受け止めて、蓮もうなずく。

「分かりました。俺も朝一番で会いに行く予定でしたから」

「うん。二人を……よろしく」

 差し出された手を、蓮は黙って握り返した。