たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 涙を見せないようにしたいのか、詩音はうつむいてぎゅっと拳を握りしめる。
 はぁっと小さなため息と同時に涙の雫がワンピースに転がっていった。

「こんなの好きなのに。今、すごく幸せなのに。この気持ち、忘れたく……ないのになぁ」

 涙声でつぶやいて、詩音は蓮に強く抱きついた。まるで離れたくないというように、その手は微かに震えている。
華奢なその身体を抱きしめながら、蓮はうなずくことしかできなかった。


「ね、蓮くん」

 しばらく黙って蓮の胸に頬を寄せていた詩音は、ひとつしゃくり上げたあと、少し鼻声で呼びかける。
 小さく首をかしげた蓮に向かって、詩音はまだ涙の残る目を細めて笑った。

「キス、しよ」

「え……っ」

「初めて大好きな人と両想いになれた記念に。蓮くんとの思い出、残したいんだもん」

「それ、は」

「あ、私はキスとか初めてだけど、蓮くんは違うか」

「いや、俺も初めてだけどっ!」

 思わず食い気味に言うと、詩音は声をあげて笑った。
 そして、周囲を見回すとくすりと笑った。

「ほら、今なら誰もいないし。両想いになったらキス、は定番でしょ」

 すっと伸ばされた手が、蓮の頬に触れる。日が暮れても外は蒸し暑いのに、詩音の手はひんやりとしている。
 ゆっくりと目を閉じた詩音の顔が綺麗で、一瞬見惚れつつも蓮はそっと自らの顔を彼女に近づけた。