たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 夏の日暮れは遅いけれど、19時半を過ぎるとやはり薄暗くなってくる。
 夕闇を行き交う人の中に詩音の姿がないか探しながら、蓮はあてもなく歩き続けた。
 今日、詩音が着ていたのは鮮やかな青のワンピース。まるで夏の空を切り取ったようなその色を探して、蓮はあちこちに視線を走らせる。

 時折、何か連絡が入っていないかと携帯電話を確認するものの、新しい情報はない。雛子と相馬も、蓮とは別の場所で詩音を探しているようだが、この場所にもいなかった、と連絡が入るのみ。
 付き合いの浅い蓮は、詩音が入院する前の生活を知らない。詩音が行きそうな場所なんてひとつも浮かばなくて、闇雲に走り回るだけの自分が情けなくなる。
 ため息をついてもう一度携帯電話を確認しようとした蓮の指が、するりと滑って写真フォルダを開いた。

「……っ」

 画面にあらわれたのは、満面の笑みでこちらを見つめる蓮と詩音。以前に二人で出かけた時に撮ったものだ。本当は待ち受けにしたかったのだけど、妙に照れてしまって写真フォルダに大事にしまい込んでいる。

「そうだ、ここ……」

 蓮は携帯電話をポケットに押し込むと方向を変えて走り出した。
 二人で行った、コーヒーショップ。もしくは花屋。
 蓮が思い浮かぶ詩音の行きそうな場所なんて、その二つしかない。


 全速力で走ってたどり着いたコーヒーショップに詩音の姿はなく、蓮は息を整えながら向かいの花屋に目をやる。
 すでに閉店して暗い店の前には誰の姿もなくて、やはり違ったかとため息をついた時、視界の隅に鮮やかな青がちらりと映った。