たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 バスの窓の向こうに遠ざかっていく詩音の小さな背中を見つめながら、蓮は重いため息をついた。
 詩音がまだ覚えていられる人は、あとどれほどいるのだろう。
 蓮と雛子、それから相馬。
 両親の記憶を失い、今日また主治医の金居の記憶も失った詩音の頭の中には、まだ誰かいるのだろうか。
 詩音の世界に、誰もいなくなる日はそう遠くないのかもしれない。
 

 知らない人を見るような目で金居を見ていた詩音の表情が脳裏に浮かんで、蓮は思わず激しく首を振った。
 もし、詩音にあんな目で見られたら。
 誰? と問われたら。
 その時、蓮は金居のように穏やかに接することなんて、きっとできない。
 強く噛みしめた唇から、微かに血の味がした。