たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「ごめんね、蓮くんも巻き込んじゃって。ちょっとヒナにお節介しちゃった」

 病院前のバス停へと向かいながら、詩音が蓮の顔をのぞき込む。

「いや、別に。ヒナちゃんが相馬先生のこと好きなのは見てて分かるし」

「ふふ、二人、うまくいくかなぁ。悠太もね、ヒナのことずっと可愛がってくれてるから、いい感じだと思うんだよね」

 くすくすと笑いながら、詩音は機嫌良さそうに蓮と繋いだ手を前後に振る。何の躊躇いもなく繋がれた手に、蓮は内心動揺しっぱなしだ。
 二人の関係の進展もだけど、詩音には涙を見せまいと必死で笑顔を浮かべていた雛子が、相馬の前で泣けるといいなと蓮は思った。


 バス停に着いて、詩音はそっと握っていた手を離した。
 出発時刻が迫り、バスがエンジンをかけ始める。

「レッスン、頑張ってね」

 エンジン音に負けないようにか、耳元に唇を寄せて囁かれて、蓮の鼓動が跳ねた。全身にどっと汗をかいたような気がして、手を離していて良かったと思う。

「うん、ありがと。また明日」

「待ってるね。……私、蓮くんのことは、忘れないから。きっと明日も覚えてるからね」

 少し震えたその言葉に蓮は思わず口を開きかけるけれど、離れていく詩音に声は届かない。
 笑顔で手を振る詩音に、バスの中から手を振り返しながら、蓮はもしかしたら彼女は金居の記憶を失ったことも理解しているのかもしれないと思った。