たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「お母さんと私がどんな関係だったのかはもう覚えてないけど、私を産んでくれたことには感謝してるの。こんな病気になっちゃったけど、それでも私は毎日が楽しいし、蓮くんとも出会えたから」

 ちらりと蓮の方を見て、詩音は笑う。そしてまた千尋の方に向き直った。

「きっと明日にはまた忘れちゃうけど……、また会いに来てくれる?」

 その言葉に、千尋は小さく息をのんだ。

「いいの?」

 確認するような震える声に、詩音はこくりとうなずいた。

「お母さんが嫌じゃなければ、だけど」

「嫌なんてこと……」

 勢いよく否定の言葉を発しかけた千尋は、途中で口をつぐむと自嘲めいた笑みを浮かべた。

「ごめんなさい、あなたの病気を受け入れられなくて、仕事を理由に顔を出していなかったことは事実だもの。だけどこれからは、もっとちゃんと会いに来るわ」

「うん、待ってる。……ごめんね、明日にはきっと忘れてるけど、お母さんに会いたいって思う気持ちは嘘じゃないんだよ。だから、また会いに来てね」

 詩音は、微笑んで千尋に小指を差し出した。
 ゆっくりと絡められた指を見て、詩音は数回上下に振ると手を下ろした。