たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「見て、お花買ったの」

 花を見せるために繋いでいた手が離れていく。そのことにほっとする気持ちと、まだ手を繋いでいたかったという残念な気持ちが半分ずつ。
 なんとなく手に残ったぬくもりを逃したくなくて、蓮はそっと手を握りしめた。

 詩音が紙袋から取り出してみせたのは、ガラスのケースに入ったプリザーブドフラワー。すぐに枯れてしまう花よりも長持ちする方がいいだろうからと相談して、詩音自ら選んだものだ。

「綺麗だね。きっと喜ぶよ」

「だといいなぁ」

 送っておくねと言って、相馬が紙袋を取り上げようとした時、詩音が躊躇いがちに口を開いた。

「あの、さ。お母さんに会って、直接渡すのとかって……できるかな」

「そりゃできる、けど。思い出したわけ……じゃないよね」

 戸惑ったような相馬の言葉に、詩音はうなずく。

「思い出してはないけど……、母親の顔も忘れちゃった娘に会うのなんて、やっぱり嫌かな」

「そんなこと……っ」

「そんなことないよ、詩音」

 思わず声をあげてしまった蓮の言葉に、相馬の声が重なる。

「きっと、すごく喜ぶと思う。僕から連絡するから、来てもらおうか」

 詩音の決意が揺るがないようにと考えてか、相馬はその場で千尋にメッセージを送り始める。しばらく携帯電話の画面を見つめていた彼は、何度か画面をタップしたあと笑顔で顔を上げた。

「今から行きますって。病室で待ってよう」

「うん」

 うなずいた詩音は笑顔を浮かべているものの、その横顔は少し緊張を漂わせている。相馬もいることだし、今日はもう帰ろうかと迷っていると、詩音がふと蓮の方を見た。

「蓮くんも、一緒にいてくれる?」

「いいけど……、俺がいてもいいのかな」

 家族の対面に、親族でもない蓮が同席するのもどうなのだろうと思ってしまう。今は、従兄である相馬がいるから余計に。
 だけど、詩音はゆっくりと首を振った。

「一緒にいてもらえたら心強いから。それに、お花を選ぶのにもたくさん相談に乗ってくれたでしょう?」

 返答に困った蓮は、助けを求めるように相馬の顔を見た。目が合うと相馬は、小さくため息をついて笑う。

「詩音がそう望むのなら、一緒にいてくれると嬉しい」

 きっと相馬は、詩音の気持ちを一番に考えてそう言っているのだろう。詩音が望むなら、それで彼女が笑うのなら、相馬は蓮の同席を止めないということだ。
 だから蓮は、黙ってうなずいた。