たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 コーヒーショップで限定ドリンクを飲み、ついでだからとスイーツも頼む。
 詩音はドリンクが美味しいと笑い、スイーツの見た目が可愛いと華やいだ声をあげ、終始ご機嫌だ。

「カメラ、持ってきたら良かったなぁ」

 隣の席でドリンクの写真を撮る女子高生らしき二人組を見ながら、詩音がつぶやく。連絡を取り合う相手もいないし、いつ記憶を失くすか分からない状態で持つ意味はないと、詩音は携帯電話を持っていない。

「せっかくの思い出、忘れないように写真に残して手帳に貼っておきたかったなぁ。うっかりしてた」

 残念そうな詩音を見て、蓮は自分の携帯電話を差し出した。

「俺ので良かったら、使う? あとでプリントアウトしたら手帳にも貼れるだろ」

「わ、いいの? じゃあ、貸してもらおうかな」

 嬉しそうに笑った詩音は、数枚写真を撮ると満足したようにうなずいた。そして、何故か少し言い淀むように躊躇ったあと、蓮を見上げて小さく首をかしげた。

「ねぇ、蓮くんとも一緒に写真撮りたいな」

「え……?」

「今日の記念に。すっごく楽しかったからさ、忘れたくないなって」

 だめ? と上目遣いで見つめられて、断れるはずがない。バクバクと跳ね始めた心臓に動揺しながら、蓮はうなずいた。

「やったぁ! じゃ、そっち行くね」

 嬉しそうに笑った詩音は立ち上がると蓮の隣にすとんと腰を下ろした。狭いソファなので密着することになり、触れ合う腕に鼓動がますます速くなる。

「蓮くん、カメラ見て! 笑ってー!」

「わ、笑ってる……っ」

「だめ、顔が強張ってる! もう一枚!」

 楽しそうな詩音とは反対に、意識すればするほど顔が強張る蓮は、必死に口角を上げようと努力するものの上手くいかない。笑顔どころかものすごい変な顔になっていそうだ。

「やっぱり表情が硬いなぁ」

 撮った写真を確認して、詩音は唇を尖らせた。笑顔と言われるたびに引き攣りそうになる頬をマッサージするように揉みながら、蓮は申し訳ない気持ちで眉を下げる。
 考え込むように少し首をかしげた詩音は、ふと顔を上げて蓮を見ると、にやりと笑った。

「詩音ちゃん? ……って待っ……、やめ……っ!」

 何事かと目を瞬いた蓮の脇腹を、詩音の指先がくすぐる。止めようとした言葉は悲鳴のような笑い声となって消え、蓮は身体をよじって悪戯な指から逃げた。

「はい、蓮くんカメラ見て! いくよー!」

 詩音の声に思わずカメラの方を見ると、同時にシャッター音が響いた。

「うん、いい感じじゃない?」

 満足そうにうなずいた詩音が、ほらと言って画面を見せてくれる。小さな画面の中の二人は笑顔を浮かべていて、これがくすぐられた末の表情だとは思えないほどに楽しそうだ。
 幸せなカップルに見えるかな、と内心で浮かれながら、蓮はこの写真を待ち受けにしようと密かに決めた。