たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 詩音と外出する約束の日、蓮はいつもより緊張して病院へと向かった。病室で詩音と過ごす時間だって楽しいけれど、お出かけとなるとなんだかデートみたいで浮かれてしまう。

 だけど、今日彼女が蓮の記憶を失っている可能性だってもちろんある。あまり浮かれすぎるなと言い聞かせ、はやる心を抑えるように胸を押さえながら病室のドアを叩くと、返事より先にドアが開いた。

「ふふ、やっぱり! ノックの音で蓮くんって分かるようになっちゃった」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべた詩音に出迎えられて、蓮は強張っていた身体に気づかれないように笑顔を浮かべる。

「ノックの音って、そんなに違う?」

「うん。ヒナはね、いつも3回ノックなの。金居先生はノックと同時にドア開けるから分かりやすいし、蓮くんはピアノと同じで優しい音がするよ」

「そうなんだ。覚えてもらえてて嬉しいな」

「愛だね、愛!」

 くすくすと笑った詩音の言葉にどきりとしながら、それに気づかれないよう何気ない表情を装って蓮はうなずく。

「準備、できてる?」

「もちろん! 朝からもうずっと時計ばっかり見てたよ。すっごい楽しみにしてたの」

 そう言って笑う詩音は、蓮の前でワンピースの裾を広げてみせた。青いギンガムチェックのワンピースは、いつもより詩音を大人びて見せるように思う。

「せっかくのデートだからさ、お気に入りのワンピにしたんだ」

 どう? と軽く首をかしげる仕草が可愛くて、デートという言葉に動揺して、蓮は緩みそうになる口元を隠すように手で押さえた。それでも、赤くなった頬は隠しきれていないだろうけど。

「う、うん。似合うと思う」

「ありがと! お出かけなんて久しぶりだから張り切っちゃった」

 ご機嫌に笑った詩音は、早く行こうとそわそわとした様子で蓮の腕を引く。少し冷たい、細く柔らかな指の感触にどきりとしながら、蓮は詩音と共に病室を出た。