たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「えっと、あのこれ……、その、詩音さんの部屋に忘れてて……」

 しどろもどろになりながら、蓮はパスケースを差し出す。

「あ……、わざわざ追いかけてくれたのね。ありがとう」

 涙を拭って、彼女はパスケースを受け取る。やはり詩音によく似たその顔を見て、蓮は何を言えばいいのか分からなくなる。


「詩音の……、お友達、かしら」

 まだ少し鼻声で彼女がたずねられて、蓮はうなずいた。

「佐倉 蓮といいます。先月くらいに詩音さんと偶然仲良くなって、その……、時々こうしてお見舞いに」

「そう、あなたが『蓮くん』。悠太くんから聞いてたのよ。詩音と仲良くしてくれてありがとう」

 穏やかに微笑みかけられて、蓮は小さく会釈を返すことしかできない。
 こうして詩音の母親にも自分の存在が知られていることに少し気恥ずかしい思いと、相馬が蓮のことを話題にしてくれていたことに対する嬉しい気持ちとが入り混じる。


「ねぇ、今少しだけ時間あるかしら。詩音の話、聞かせてくれない?」

「え……」

 さっきまで泣いていたはずなのに、彼女はにっこりと笑っている。そして、まるで逃がさないとでもいうように蓮の腕を掴んだ。

「ほら、このお礼もしなきゃならないし。ね、少しだけ!」

 パスケースを掲げてそう宣言すると、彼女は蓮の腕を引いて歩き出した。詩音と初めて出会った時のことを思い出して、蓮は親子だなと思わず苦笑する。

「じゃあ、少しだけ」

 そう言って、蓮は彼女のあとについていくことにした。