たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 その日、蓮は近くのコーヒーショップの季節限定ドリンクをテイクアウトしてから病院へと向かった。

 何気ない会話の中で、先日発売となった季節限定のドリンクが美味しいのだという話になり、詩音が飲んでみたいと言ったのだ。
 特に買っていくと約束をしたわけではないけれど、きっと詩音は喜んでくれるだろう。あの笑顔が自分に向けられることを想像して、蓮は緩みそうになった口元を慌てて引き締めた。

 クリームたっぷりのフローズンドリンクは、この暑さではあっという間に溶けてしまう。院内で走るわけにはいかないので、最大限に早足で蓮は詩音のもとへと向かった。


 今日も詩音は蓮のことを覚えていてくれるだろうか。
 ドアをノックする前に、騒ぐ心を落ち着かせるように深呼吸して、震える手を握りしめてから軽くドアを叩く。

「あ、蓮くん!」

 ゆっくりと開けたドアの向こうに詩音の顔が見えて、その表情が明るく輝く。
 一気に身体の力が抜けそうになるのを堪えて、蓮は笑みを浮かべた。

「詩音ちゃん、これ」

 ドリンクの入った紙袋を差し出そうとした時、詩音のそばの人影に気づく。

 そこにいたのは、スーツ姿の女性。いかにも仕事のできそうなその後ろ姿がゆっくりと振り返った瞬間、蓮は思わず息をのんだ。
 柔らかそうな栗色の髪を綺麗に纏めたその人は、詩音が年を取ったらきっとこうなるであろうと思えるほどに彼女と似ていた。蓮の母親とそう変わらないであろうその人は、詩音の母親だろうか。