たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「忘れたくないの……、蓮くんのことも、他の人のことも、誰も忘れたくないのに」

 蓮の胸に顔を埋めて、詩音は泣きじゃくる。きっと蓮が、山科のことを忘れたことを気づかせてしまったからだ。だけど、それを詩音に謝ることすらできなくて、蓮はただ黙って詩音を抱きしめることしかできなかった。


 どれほどそうしていただろうか。
 一度大きくしゃくりあげたあと、詩音はゆっくりと顔を上げた。
 まだ目尻に涙を溜めたまま、赤くなった鼻をこすって小さく笑う。

「えへへ、ごめん。ちょっと取り乱しちゃった」

 もう平気、と笑って詩音は蓮の腕の中から出た。

「だめだなぁ、もう泣かないって決めたのに。弱い自分が嫌になっちゃう」

 笑った拍子にこぼれ落ちた涙をぐいっと拭って、気合いを入れるように頬を叩いた。

「ずっとね、笑ってたいの。泣いたら何だか認めた気になっちゃうでしょ。病気なんて知らないって言えるくらい、いつも笑顔でいたいなって思ってるんだけど……、まだまだだね」

 ふうっと大きなため息を落としたあと、詩音は蓮のシャツの胸元を指差した。

「ごめん、蓮くんの服にめっちゃ涙染み込ませちゃった」

 しっとりと濡れた胸元に触れて、蓮は平気だと笑って首を振る。

「いつも笑顔の詩音ちゃんも好きだけどさ、本当に泣きたい時は俺がそばにいるから。我慢して溜め込まないで」

 ちょっとカッコつけすぎかなと思いつつもそう言えば、詩音が照れくさそうに笑った。

「泣きたくなったら、蓮くんを呼ぶね。うん、そうしたら蓮くんのこと、もっと忘れないような気がする。手帳にも書いとこうかな」

 約束、と言って小指を差し出され、蓮はそのほっそりとした指に自分の指を絡めた。