たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「詩音! 遊びに来ちゃった」

 病室の扉を開けた雛子は、明るい声をあげながらベッドの上の詩音に駆け寄る。だけどうしろにいた蓮には、扉を開ける前に一瞬、雛子が拳を握りしめたのが見えた。

「ヒナ? え、蓮くんも? 一緒に来たの?」

「ん、そこで会ったから。ヒナも蓮のピアノ、一緒に聴いてもいい?」

「もちろんだよ。蓮くんのピアノ、本当に素敵なんだから」

 嬉しそうに笑う詩音の表情は明るくて、先日蓮が会った時と何も変わっていないように思う。

「今日はね、お願いしてホール借りちゃった」

「ホール?」

 首をかしげる蓮に、詩音は楽しそうに笑いかける。

「うん。どうせ聴かせてもらうなら、グランドピアノで聴きたいじゃない。先生にお願いしたら、使ってもいいよって」

 早速行こうと手を引かれて、蓮も笑ってうなずく。先生というのは、この前会った相馬医師だろうか。こうやってホールの使用許可までくれるのだから、あの時は冷たいことを言われたけれど、案外いい人なのかもしれない。
 詩音の楽しそうな表情を見ているうちに、忘れられているかもしれないと不安になったことなんて、蓮はすっかり忘れてしまっていた。