たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「あら? きみはこの前の……えぇと、蓮くん!」

 雛子と話していた山科が、ふと蓮の方を見る。山科と雛子、二人に見つめられて蓮は一瞬たじろぐものの、ぺこりと小さく頭を下げた。

「詩音ちゃん、朝からずっとそわそわして待ってたわよ。きっと喜ぶわ」

 早く行ってあげて、と笑顔で言い残して山科は去って行ったので、その場には蓮と雛子が残される。

「えーっと、あの、」

「あんたが蓮?」

 何となく気まずい思いで口を開けば、かぶせるように雛子が言う。

「あ、うん。佐倉蓮です」

「高瀬 雛子。ヒナって呼んで」

 差し出された手を蓮は一瞬ぽかんと見つめたあと、握手を求められていることに気づいて慌てて握り返した。
 何度かぶんぶんと握った手を上下に振ったあと、雛子は蓮の手をまじまじと見つめた。

「ふぅん、この手がきらきらした音を作り出すんだ。ね、ヒナも一緒に聴いていいよね?」

「も、もちろん」

 断られるなんて思ってもいないような表情で見上げられて、蓮はこくこくとうなずく。どうやら雛子は、詩音から蓮のことを聞いているようだ。
 自分の知らないところで話題にされていたことと、きらきらした音だと言われたことに少しくすぐったい気持ちが湧き上がる。

「詩音が新しい友達を紹介してくれるなんて、初めてなんだ」

 病室に向かいながら、雛子がぽつりとつぶやく。

「ちょっと妬ける。ヒナはね、詩音とは幼稚園からずっと一緒なの。親友なの。それを、ぽっと出のあんたに並ばれるなんて」

「でも俺、詩音ちゃんの友達……って言っていいのかな。ちゃんと会うの、今日で二回目なんだけど」

 蓮の言葉に雛子はぴくりと身体を震わせ、次の瞬間、震え上がるほどの低い声が響いた。

「はぁ? 当たり前でしょ。あんたが詩音のこと友達じゃないって言うんなら、今すぐ帰って」

「え? いやあの、俺はそんなことないと思ってるけど、詩音ちゃんは俺のこと友達って思ってくれてるのかなってなんか不安になって。ほら俺、そんな明るいタイプでもないし、人付き合いも得意じゃないから」

 にらみつける雛子の視線に怯えつつ、必死で言い訳するように言葉を重ねると、雛子はぷいと横を向いた。

「下心あるんなら、それはそれで嫌なんだけど」

「や、それはない……っ」

 詩音ともう少し仲良くなれたらという気持ちがないと言えば嘘になるけれど、それを隠して首を振ると、雛子の目がまた鋭くなった。

「何、詩音に興味ないわけ?」

「そんなこと、」

「じゃあやっぱり下心あるんじゃん」

「うぅ」

 どう答えるのが正解か分からなくて、思わず唸った蓮を見て、雛子がふきだした。どうやら揶揄われていたらしい。

「ま、いいや。詩音が誰かと約束するなんて滅多にないから止めはしないけど。でも、詩音の前で変なこと言ったら、即追い出すからね」

「わ、分かった」

 蓮は慌てて、何度もうなずいた。どうやら詩音と仲良くなるには、雛子に認められるところから始めないといけないようだ。