詩音がこの病を自覚したのは、最近のことだ。
何気なく中学の卒業アルバムを見ていたところ、見知らぬ顔が増えていることに気づいたのが最初だった。
そう人数の多い学校ではなかったのに、クラスメイトの顔すら覚えていないことに強い違和感を覚えた。
幼稚園からずっと同じ学校に通っている幼馴染に頼んで一緒に確認してもらったところ、同級生や教師の半分以上の記憶を失っていることが分かった。
全く見覚えのない人物を指差して、随分とお世話になった担任だと話す幼馴染の声も、覚えていないと首を振った詩音を見た時の彼女の愕然とした表情もはっきりと覚えているのに、中学時代の記憶は白く靄がかかったように曖昧だ。きっと記憶を失った人の分だけ、思い出も失っている。
その後、アルバムを開くたびに知らない顔が増えていくことに耐えられなくなって、詩音はアルバムを処分した。
全く覚えのない人たちと楽しそうに笑い合う自分の写真が、気持ち悪くてたまらなかった。
全ての人の記憶を失くした時、詩音の見える世界はどうなるのだろう。少しずつ真っ白に染まっていく世界が、時々怖くなる。それを表に出したことはないけれど。
病院に行っても最初は気のせいだろうと笑われて、あちこちをたらい回しにされた。
それでも決定的になったのは、詩音が両親のことを全く覚えていなかったのが判明したからだ。
もちろん、自分に父親と母親という存在がいることは分かっている。だけど、顔も名前も思い出せないのだ。これが両親だと写真を見せられても、見知らぬ男女の姿としか思えない。きっと今、目の前で二人に会ったとしても何も感じないだろう。
もともと家族関係はあまり良好ではなかったようで、親らしいことをしてもらった痕跡はほとんどなかった。両親ともにそれぞれ会社を経営していて、仕事の忙しさを言い訳に詩音の世話は全て外注され、学校行事に顔を出したことすらなかったらしい。
必要な物は何でも買えるだけのお金を与えられていたし、タワーマンションの最上階にある部屋は、週に数回家政婦がやってきて家事をしていく。
外から見れば満たされていたであろう詩音の生活に、両親は全く出てこない。
そのせいで両親の存在そのものを綺麗に忘れていたことが、詩音の病をしっかりと調べるきっかけとなったのは皮肉なものだ。
うんざりするほどの色々な検査を経て下された結論は、消失病という聞いたことのない病名だった。ほとんど同時期に有名俳優が同じ病を患っていることが話題になり、この病気の知名度は一気に上がったけれど。
だけど治療法のないこの病は、失われていく記憶をただ見送ることしかできない。恐らく詩音より先に発症した俳優は愛妻家で知られていたのに、すでに妻の記憶すら失っているという。離婚したと聞くけれど、本人は結婚した記憶すらないのだから、一番辛いのは周りの人なのかもしれない。
何気なく中学の卒業アルバムを見ていたところ、見知らぬ顔が増えていることに気づいたのが最初だった。
そう人数の多い学校ではなかったのに、クラスメイトの顔すら覚えていないことに強い違和感を覚えた。
幼稚園からずっと同じ学校に通っている幼馴染に頼んで一緒に確認してもらったところ、同級生や教師の半分以上の記憶を失っていることが分かった。
全く見覚えのない人物を指差して、随分とお世話になった担任だと話す幼馴染の声も、覚えていないと首を振った詩音を見た時の彼女の愕然とした表情もはっきりと覚えているのに、中学時代の記憶は白く靄がかかったように曖昧だ。きっと記憶を失った人の分だけ、思い出も失っている。
その後、アルバムを開くたびに知らない顔が増えていくことに耐えられなくなって、詩音はアルバムを処分した。
全く覚えのない人たちと楽しそうに笑い合う自分の写真が、気持ち悪くてたまらなかった。
全ての人の記憶を失くした時、詩音の見える世界はどうなるのだろう。少しずつ真っ白に染まっていく世界が、時々怖くなる。それを表に出したことはないけれど。
病院に行っても最初は気のせいだろうと笑われて、あちこちをたらい回しにされた。
それでも決定的になったのは、詩音が両親のことを全く覚えていなかったのが判明したからだ。
もちろん、自分に父親と母親という存在がいることは分かっている。だけど、顔も名前も思い出せないのだ。これが両親だと写真を見せられても、見知らぬ男女の姿としか思えない。きっと今、目の前で二人に会ったとしても何も感じないだろう。
もともと家族関係はあまり良好ではなかったようで、親らしいことをしてもらった痕跡はほとんどなかった。両親ともにそれぞれ会社を経営していて、仕事の忙しさを言い訳に詩音の世話は全て外注され、学校行事に顔を出したことすらなかったらしい。
必要な物は何でも買えるだけのお金を与えられていたし、タワーマンションの最上階にある部屋は、週に数回家政婦がやってきて家事をしていく。
外から見れば満たされていたであろう詩音の生活に、両親は全く出てこない。
そのせいで両親の存在そのものを綺麗に忘れていたことが、詩音の病をしっかりと調べるきっかけとなったのは皮肉なものだ。
うんざりするほどの色々な検査を経て下された結論は、消失病という聞いたことのない病名だった。ほとんど同時期に有名俳優が同じ病を患っていることが話題になり、この病気の知名度は一気に上がったけれど。
だけど治療法のないこの病は、失われていく記憶をただ見送ることしかできない。恐らく詩音より先に発症した俳優は愛妻家で知られていたのに、すでに妻の記憶すら失っているという。離婚したと聞くけれど、本人は結婚した記憶すらないのだから、一番辛いのは周りの人なのかもしれない。

