たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

「詩音さんから聞きました。次に会う時に、俺のことを覚えていられるか分からないって。だけど、それでも俺たちは約束したんです。また会おうって」

 一息にそう言うと、相馬の表情が僅かに緩んだような気がした。

「今日初めて会ったきみに、詩音はそこまで話したのか」

 ふ、と小さくため息を落として、相馬は再び厳しい表情を浮かべて蓮を見る。

「そう。次に会った時には、恐らく詩音はきみのことを覚えていない。全くの初対面として出会うことになる。今日話した内容も、約束も、詩音はきっと忘れてしまうから。……それでもきみは、また詩音に会おうと思える?」

 相馬の言葉を受け止めて、蓮はまっすぐに彼を見つめ返した。

「そのつもりです」

 しばらく黙って見合っていると、先に視線を逸らしたのは相馬の方だった。目を閉じて一度深く息を吐き、そして蓮を見つめる。その視線は、さっきよりも柔らかい。

「詩音は、素敵な出会いをしたね」

 彼女のことを想うかのような優しい声音に、蓮の心は少しだけもやもやとする。詩音とは今日会ったばかりなのに、随分と心を掴まれてしまったなと思いつつ、蓮は黙ってうなずいた。

「でも、きみが思っている以上に詩音の病状は深刻だ。今日の彼女にまた会いたいと思っているのなら、それは難しいと思う。きみが傷つく前に、詩音のことを忘れた方がいいかもしれない。……次に会う時までに、考えておいて」

 穏やかに、だけどきっぱりとそう忠告されて、蓮は言葉を失う。次に会う時、詩音はどうなっているのだろう。
 それでも蓮は、詩音と交わした約束を破る気はなかった。もしも蓮のことを忘れていても、彼女のためにピアノを弾くと約束したのだから。

「ありがとうございます。だけど、俺はまた詩音さんに会いに来ます」

 はっきりとそう宣言して大きく頭を下げると、蓮はやってきたエレベーターに乗り込んだ。