たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 詩音が蓮を連れて行ったのは、病院の最上階だった。
 エレベーターホールからして雰囲気が明らかに違い、どこかの高級ホテルと勘違いしてしまいそうだ。

「え、ちょ……ここ、特別病棟って」

「うん。ここに入院してるの」

 怖じ気づく蓮をよそに詩音はすたすたと病棟を進み、大きなドアの前で立ち止まる。
 部屋の中も、病室というよりもホテルといった方がしっくりくるような高級感だけど、ベッドサイドに置かれた医療機器やネームプレートが、ここが病院であることを示している。

「入院……て、何の病気で」

 蓮の言葉に、詩音がぴたりと足を止めた。失言だったかと思わず口を押さえた蓮を振り返って、詩音はソファに座るようにと促す。
 恐る恐るふかふかのソファに腰を下ろした蓮を見て、詩音も向かい側に座る。

「私ね、記憶を失ってく病気なの」

 あっけらかんとした口調で告げられた言葉に、蓮は目を瞬く。

「記憶を、失う」

 おうむ返しにつぶやいた蓮にうなずいて、詩音はソファの背もたれに身体を預ける。

「昨日まで覚えていたはずの人のことを、存在ごと忘れちゃう。毎日、私の中から誰かの記憶が一人ずつ消えてくの」

 驚いた? と首をかしげた詩音は、笑顔を浮かべていたけれど、その瞳は暗く翳っていた。