たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音だけは 忘れない

 静かな部屋に、ピアノの音が響く。
 流れるような切なく美しいメロディが、開け放たれた窓から風に乗って外へとこぼれ出ていく。
 薄紅色の桜の花びらが、まるで音に合わせて踊るように風に舞った。

 この音が、彼女のもとに届くように。
 祈りを込めて鍵盤を叩く。
 きらきらとした光のような音だと褒めてくれた彼女の、輝くような笑顔を思い浮かべながら。

――いつか、思い出して。詩音ちゃん。

 曲が終わり、ゆっくりと鍵盤から指を離すと、蓮(れん)は一度窓の外を見つめたあと、立ち上がった。
 上着を羽織ってソファの上に置いてあった小さな花束を抱えると、ピアノの上に飾ってある写真立てにそっと触れる。
 カメラに向かって弾けるような笑顔を見せる二人の男女の写真を指先で撫でるようにしてから、蓮は部屋を出た。