きっと運命のイタズラなのだろう。
 偶然とは恐ろしく、瑞希がいない枠を萌絵が埋めてしまう。

 どうやら新年早々の幸運は長続きせず、萌絵という不純物が誠也と瑠香を引き裂こうとする。
 このままスルーしたいというのが瑠香の本音だが、世の中そう上手くはいかないもので、思わぬところから横槍が入った。

「萌絵さん、その……久しぶり。あけましておめでとう」
「す、鈴木誠也、あ、あけましておめでとう……」

 新年の挨拶なのに、どことなくぎこちなさが目立つ。
 ついこの間の出来事──萌絵からの告白が鮮明に蘇り、誠也の顔が真っ赤に染まっていく。いや、誠也だけではない、萌絵も同じくらい顔が真っ赤だった。

 まるで秘密の恋人のようにも見える。
 アイコンタクトが怪しく、瑠香のつぶらな瞳は疑いの眼差しへと変貌する。

「ねぇ、誠也、白石さんと何かあったりする?」

 鋭い、鋭すぎる、誠也の態度がおかしいのに気がつき、萌絵と何かあったのだと確信した。

 それはいつの事だろうか。
 心当たりがあるのはクリスマスパーティーぐらい。
 思い出したのは誠也がトイレに行った時。あの時は萌絵も一緒だった。
 今思えば、瑞希が誠也を探しに行って戻ってきたあとの様子が変であった。

 つまり誠也と萌絵が何かあり、その何かが原因で瑞希の態度が変わったのだと。
 これは問いただす必要がある。瑠香は作り笑顔で、何があったのか優しく誠也に聞いた。

「ねぇ誠也、クリスマスパーティーの日にさ、白石さんと何かあったのかなー?」

 優しい口調なはずなのに、凍えるような声だった。
 蛇に睨まれた蛙のように固まってしまい、誠也から言葉が失われる。

 本当の事など言えるはずがない。
 それこそ何が起こるか予想不可能だからだ。
 こうなったが最後、もはやしらを切る以外に選択肢はない。

 挙動不審にならぬよう、誠也は頭の中で何度もシミュレーションし、ボロを出さないようにする。
 自己暗示までかけ、完璧な演技を披露しようと心に誓った。

「特に何もないよ。瑠香が気にしすぎなだけじゃない?」

 いたって平静を装っているが、内心は心臓が飛び出しそうなくらいだった。
 バレてないはず──そう自分に言い聞かせ、瑠香からの返事を息を飲みながら静かに待っていた。

「ふぅーん、そっかぁ、私の気にしすぎかー。って、本当にそうなのかなっ?」

 誠也に顔を近づける瑠香の圧力は凄まじい。
 演技で誤魔化しているものの、額から冷や汗が止まらなくなる。

 大丈夫、きっとカマをかけてるだけに違いない。
 緊張感が漂う中、このまましらを切りとうそうとする誠也。
 視線を逸らしたらきっと疑われる──お互いに見つめ合ったまま時間だけが過ぎていく。

 だが……誠也と瑠香の距離はミリ単位の近さ。
 それはまるでキスする寸前のようにも見えた。

「ち、ちょっと待ちなさいよっ。何キスしようとしてるのっ」
「瑠香も大胆な事するようになったねー」

 慌てて止めようとする萌絵に対し、沙織はいたって冷静。
 両極端なふたりの言葉で、瑠香が自分の置かれている状況を把握する。

 あと数ミリ……冷静を取り戻した途端、大胆すぎる行動に瑠香は慌てて誠也から離れた。

「ち、違うのっ、これは誠也を問い詰めてただけだからっ」

 顔を真っ赤にさせながら、瑠香は全力でキスを否定。
 動揺しているのが一目瞭然で、誠也と萌絵の秘密は有耶無耶となった。

「まったく、鈴木誠也もだらしなさすぎだよ。隙を作ったらダメだからね」
「は、はい……」

 なぜ怒られなければならないのか──理不尽すぎるのは間違いないが、萌絵の圧力に反論する気力を削がれる。

 とてもクリスマスパーティーの時と同じ人物とは思えない。
 そう、あの時、ふたりっきりの時に告白してきた人物とは……。

 鮮明に再現される萌絵からの告白シーン。
 生まれて初めての出来事を思い出し、再び鼓動が激しいリズムを奏でる。
 そして忘れていた……萌絵への返事すらまだ考えていない。

 今返事を求められたら非常に困る。
 緊張感が一気に増し、萌絵が何を言ってくるのか息を飲みながら待っていた。

「そうだ、鈴木誠也、せっかく会えたんだし、あたしも一緒に行っていいかなっ?」

 瑠香の顔が不機嫌になるも、誠也にとって返事を求められる方が大事。
 ここで断りでもしたら返事聞かれるかもしれない。
 となれば誠也の答えはひとつだけ。その答えとは──。

「うん、そうだね。偶然だけど、せっかくだから一緒に初詣を楽しもうよ」
「ちょっと誠也!」
「いいじゃないか瑠香。多い方が楽しいと思うし」

 萌絵の言いなりになる誠也が少し気に食わなかった。
 せっかくの独占が音もなく崩れ去っていく。
 しかし、ここで駄々をこねても仕方なく、妥協せざるを得なかった。

 瑞希がいなくてツイてると思っていた。
 その幸運は長続きせず、萌絵という新手の刺客によって破壊される。
 こうなった以上は諦めるしかなく、瑠香はすぐに作り笑顔で萌絵を歓迎しようとしていた。

「そうね、大勢の方が楽しいもんね」
「瑠香……なんかその笑顔が怖いんだけど」
「そう? 私はいつもこんな感じよ。沙織もそう思うよね?」

 急に巻き込まれた沙織は困惑の表情。
 どう答えたらいいのか、ここは親友として瑠香に合わせるのが正解なはず。
 瑠香の本音を知りながらも軽く頷いてみせた。

「ほら、沙織だってそう言ってるんだし」
「わ、分かったよ。ところでさ、萌絵さんと四ノ宮さんって初めてだよね?」
「だねー、私は瑠香から話だけは聞いてたけど。白石さん、よろしくー」
「うん、四ノ宮さん、よろしくねっ」

 ひとまず会話の流れが変わり誠也は安心感を覚える。
 きっとこれで瑠香の機嫌も少しはよくなるはず。
 新年早々こんなにも緊張するとは思っておらず、短時間で一気に体力が削られてしまった。

 一行は屋台を回りながら何気ない話で盛り上がっていた。
 萌絵と沙織も初対面であるのに早くも打ち解けており、穏やかな空気が誠也達を包み込む。

 澄み切った青空がこの出会いを祝福しているようで、新しい年は何か良い事がありそうな予感がする。
 誠也は萌絵への返事はいったん忘れ、この清々しい空気を存分に味わう事にした。

「あっ、おみくじ引くの忘れてたっ」

 瑠香が突然大声を出し誠也の足を止める。
 せっかく神社まで来たのに、しかも新年におみくじを引かないのは、人として間違っていると思ってるからだ。

「おみくじかぁ、せっかくだし引いていこうか」
「そうね、鈴木誠也がそう言うなら仕方ないね」

 おみくじを引きに移動し始める誠也達。
 新年というのもあり混んでいて、おみくじを引けたのは20分後であった。

「さーて、何が出るかなー」
「嬉しいそうだね瑠香」
「当たり前じゃないの。えーっと、やったー、大吉だよっ」

 飛び跳ねながら瑠香は喜びを表現する。
 可愛らしい笑顔を振り撒き、幸せな気持ちだというのがよく分かる。

 沙織や萌絵も中身を見ると、それぞれが吉と末吉だった。
 正直なところ微妙……そんな雰囲気で苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ところで誠也は? 早く見てよねっ」

 瑠香に急かされおみくじの紙をゆっくり開ける。
 そこに書かれていたのは──。

「大凶って……」
「もぅ、新年早々ついてないねっ。でも、それ以上下がないって事だから、前向きに考えよ?」

 大凶という文字はあまり気にしていない。瑠香が励ましてくれたのは嬉しいが、誠也の視線はそこに書かれている文字に注がれる。

 心の奥をかき乱すような言葉。
 何かは分からないが、不安がジワジワと湧いてくる。
 イヤな予感しかしない──なにせそこに書かれていたのは、『親しい人との永遠の別れ』という不吉な文字だったから。

 ただのおみくじ、こんなの当たるわけがない。誠也は何度も心の中でそう叫んでいた。