暑かった夏も過ぎ去り紅葉が色づき始める。
 何をやるのにも丁度いい季節。
 体を通り抜ける秋風が心地よかった。

 街の風景は一変し、カボチャのイルミネーションが目立つようになる。
 そう、今はハロウィンに向けて街全体が盛り上がりを見せていた。

「瑞希はハロウィンでコスプレとかするの?」
「えっ、そ、そうね、せっかくのイベントだから参加するに決まってるわよ」

 ハロウィンと言えば仮装、つまりコスプレだ。
 普段の自分から変われる、憧れのキャラや職業の衣装を着られる、願望を叶えられるイベントのひとつである。

「そっか、瑞希なら何着ても似合うだろうねー」
「そ、そうかしら。まだなんのコスプレするか決めていませんわ」
「アニメのキャラクターモノとかいいと思うんだよねー」
「誠也はそういうのが好きなの?」

 もしそうであるなら、誠也が好きなキャラのコスプレをしたい。
 きっと自分を好きになってくれるはず。
 瑞希は羞恥心を押し殺しながら、誠也が好きなキャラクターを聞いた。

「んー、『女神様でも恋をする』に出てくるカレンっていう女神のキャラが好きかなぁ。神々しいんだけどちょっと天然で、そこが可愛いんだよね」

 聞いた事のないタイトル名。
 これは徹底的に調べるあげるしかない。
 誠也が好きなキャラになれば、きっと振り向いてくれる。だからこそ瑞希は、見た目だけではなく中身まで正確に把握しようとしていた。

「それにするわ。私、カレンってキャラのコスプレにしますわね」
「えっ、いいの? 僕が好きなだけなんだけど」
「いいのよ、私が決めたんですから。大丈夫よ、完璧にカレンというキャラになりきってみせますわ」

 誠也が好きなキャラのコスプレなら、ハートを鷲掴みできるに違いない。
 そう思うと俄然やる気が湧き、瑞希は本気でコスプレしようと気合いを入れた。

 偽りの恋人は卒業し、本当の恋人になってみせる。
 これは努力、好きな人に振り向いて貰うため必要なこと。
 そのためなら、時間やお金を惜しんではいないのだ。

「気持ちは嬉しいけど、あまり無理はしないでね」
「か、勘違いしないでくださいまし。これは、その……やるからには全力でやるのが、私のモットーなだけですから」

 つい照れ隠しで、誠也の優しさをそっけなく振り払ってしまう。
 ここは素直になった方がよかったかも──今さら後悔したところで時すでに遅し。一度でも外に出た言葉を取り消せるわけもなく、瑞希が受けたダメージは思ったよりも大きかった。

 挽回しなくては──。
 ここから立て直そうとするも、都合よく方法が浮かぶはずがない。
 素直にここは諦めて、コスプレに全身全霊を注ごうと決めた。

「そうなんだ、それじゃ楽しみにしてるね」
「期待してていいわよ。誠也を悩殺してみせますわ」

 不意に出た言葉は誠也の顔を真っ赤に染め上げる。
 計算していたわけではない、勝手に言葉が飛び出しただけ。
 心の奥で考えていたのだろうか──瑞希自身にも分からず、ただ恥ずかしさが込み上げてきた。

 取り消したい、今すぐ数秒前に戻りたい。
 タイムマシーンというものを、今日ほど欲しいと思った日はない。
 空想の世界で過去に戻りながら、瑞希は誠也とともに帰り道を歩いていた。


 自宅に戻ると、さっそく『女神様でも恋をする』について調べ始める瑞希。
 ネットから調べ始め、アニメが配信されている事を知る。
 迷いなどない、すぐさま配信されているサイトと契約した。

「これが誠也の好きなキャラクターなのね」

 好きな人のため、画面に食いつくように視聴する。
 カレンというキャラクターはどうやら主人公らしく、最初から登場していた。

 女神というだけの事はあって、その姿は見入るほど美しい。
 服装も独特で神々しさが漂う。
 異次元的な魅力──仮にこの世界に存在していたのなら、誰もが夢中になるだろう。たとえ瑞希と言えども、カレンと比較したら見劣りするのは間違いなかった。

「悔しいけど綺麗すぎるわね。で、でも、二次元ですから自分と比較しても仕方ないわ。問題は──」

 三次元でどう表現するかが一番重要だ。
 衣装はおそらく売っているから問題ないとして、どうメイクしたらカレンになれるのかが想像すらつかない。

 最初から躓くとは想定外。
 ネットで検索するしかなく、慣れない手つきで瑞希はメイクの方法を探し始めた。

「結構コスプレしてる人いるのね。あら、メイクのやり方まで丁寧に書いてあるサイトまであるわ」

 じっくり眺め必要なモノをメモする。
 持っていないのは買うしかなく、幸いにも明日は土曜日。
 買い物するなら絶好のチャンスであり、天候も後押しするように晴れの予報だった。

 メイクの仕方もこのサイトならバッチリ。
 日曜日にコスプレして演技まで練習すればいい。
 これなら誠也もイチコロだと瑞希は考えていた。

「よし、これで準備の準備は完璧ですわ。ちょっと遠出になるけれど、誠也のためなら苦でもありませんし」

 コスプレ専門店など近場にはない。
 少し遠くにはなるが、電車で30分ほどの駅まで行く必要がある。
 これは努力の一部、この程度が出来ないようであれば、誠也を振り向かせる事など到底無理な話であった。

 スケジュールを綿密に組むと、瑞希は夢の中へと旅立っていった。


 思ったより遠くなかったというのが瑞希の感想。
 スケジュール通りに買い物すれば無駄はない。
 目指すのはコスプレ専門店が入っているビルで、迷子にならないよう地図アプリを使いながらその場所へと向かった。

「確かこの辺りでしたわよね。あっ、ありましたわ。意外と大きなビルね」

 フロアは全部で5つあり、それぞれに1つの店しかない。
 専門店らしいと言えばらしいが、まずは2階にあるコスプレ専門店へと足を運ぶ。
 エレベーターを降りるとすぐ目の前に入り口があり、一歩店内に入るとその広さに驚きを隠せなかった。

 コスメの種類が半端なく選ぶのが大変そう。
 しかしそこは事前準備万端な瑞希、意気揚々と自分が欲しいモノがある売り場まで移動し、効率よく買い物カゴへ放り込んでいく。

 あと少しでメイク道具が揃う。
 最後の一種類に手を伸ばすと──。

「あっ、ご、ごめんなさい」
「いえいえ、こちらこそ──って、どうして西園寺さんがここにいるのっ!?」

 重なった手は瑠香であった。
 地元から離れた場所での邂逅は予想外すぎる。
 あまりにも衝撃的で、瑞希はその場で固まってしまう。

 ここはコスプレ専門店、なぜ瑠香がこの場所にいるのか理解できない。
 イヤな予感が瑞希の中で駆け巡り、ここにいる理由を問いただそうとした。

「それはこっちのセリフよ。ここは前原さんとは無縁の場所でしょ」
「西園寺さんの方が場違いに思えるんだけどー?」
「私は……誠也のためにコスプレしようとしているだけよ」

 堂々とした態度で答える瑞希に瑠香の眉がピクリと動く。
 ここはハッキリさせないと──偽りの恋人関係ではなく、本当の恋人関係を望んでいるのか。瑠香は臨戦態勢を取ると、さっそくジャブを打って牽制した。

「でも、誠也がコスプレ好きとは限らないじゃない? むしろ逆効果になると思うんだけど」
「残念ですけど、誠也からの要望なのよ。ただの幼なじみには分からないでしょうけど」

 ジャブにすぐさま反撃し、マウントの取り合いが始まる。
 お互い一歩引かず、恋のライバル同士は熱い火花を散らしていた。