カフェラテプリンの2025日記

 2年生までは何の問題も起きなかった。 それが、、、。
学校から帰ってきた娘が黙ってカバンを置いて遊びに行くようになった。
 それまでは「あの先生がね、こんな物をくれたよ。」 「先生がね、こんな話をしてくれたよ。」
「先生にこんなことを言われたよ。」って担任がやったことを嬉しそうに何度も話してくれたんだ。 それが無くなった。
 そして訳も分からずに休むようになった。 おかしいね。
じっと見ていたらこんな話が出てきた。
 「クラブ活動が面白くない。」 「体育の時間に仲間外れにされる。」
まずは校長に真正面から聞いてみた。 「えーーーーーー? そんなことが有ったんですか?」
 女性の校長は初めて聞いたように驚いた。 そして対応するとは言ったものの、、、。
まったく学校側の動きは無かった。 そして次に担任を直撃。
 (聞けば辛いだろうな。)とは思ったが娘が担任を信用していないことをストレートに伝えた。
2年生までの担任は感じたことや思ったことをポンポンと娘にぶつけてくる先生だったから何とかうまくやれたんだ。
 3年の担任は「まあまあ何とかなるよ。」と優しく見守ってくれるタイプの先生だったから娘はどうしていいのか分からなかった。
その優しさが災いして虐めを複雑にしてしまった。
 実は娘は思春期早発症でホルモン抑制の治療を受けている最中だった。
それで更年期のような症状に苦しんでいたんだ。 前担任はそれもきちんと子供でも分かるように説明してから虐めないように見渡してくれていた。
だからやってこれたんだ。 でも、、、。

 クラブは家庭科だった。 担任が顧問をしているクラブである。
 「クラブではどうしてますか?」 「なかなか楽しそうにしてますよ。」
「そう? 楽しくないって言ってるんだけどな。」 「楽しくない?」
 実は詳しく聞いてみると、、、。
 「次週のクラブで何をやるかを金曜日に決めるんです。 でもその日、休んでることが多いでしょう?」
つまりは休んでいる娘が悪いんだよ。 私に責任は無いって話。
 そうではないはず。 話を詰めていくと担任は「やり方を考えます。」と言った。
その後に妻から聞いた話では「取り敢えず何を作るかは決めます。 そして最低限、自分の分は作るようにします。」って言ったんだとか、、、。
 今から考えればチームプレーではなく個人プレーにすることで責任を軽くしたかったのかなって思う。
それでも授業中の虐めはやはり無くならない。 体育の授業では、、、。
 グループに別れて運動をしていると、、、。 「お前は来るな! 汚らしい!」
「お前はあっちに行け!」 「こっちに来るな! 見るな! 触るな! 寄るな!」とまあ散々な言われようだ。
 しかし教科担任の指導も何も無い。 これじゃあ不登校になるわ。
そのまま4年生になり欠席は更に多くなった。 そして社会科見学でも、、、。
 妻が授業参観に行った日、班割が壁に貼られているのを見てギョッとした。 娘の名前が無い。
「どうせ休んでるからいいだろう。」 そんな声が有ったとか無かったとか、、、。
つまりは担任までが虐めに加担していたことになる。
 それでも教頭は逃げ回る。 「私に責任は有りません。 教育センターに相談してください。」
それしか言わない。 そこでセンターに電話した。
 「ちょっと聞き捨てならない話だな。 調査するわ。」 相談員はそう言った。
でも5年生になっても虐めは続いた。 担任は男の先生だ。
 先生は珍しく娘にブラスバンドを勧めてくれたんだけど、、、。 そこで新たな虐めが始まった。
ホルンを任されて「同じパートの子が居るから指使いを見て覚えてね。」 そう言われた。
 すると、、、。 「気持ち悪いから見ないでよ。 練習にならないじゃない。」 そう言われたそうな、、、。
 おまけに「あっちの部屋で練習するって言ってたよ。」って言われてそちらに行ってみると、、、。
「こいつ、勝手に動き回ってる。 勝手なことをしないでよ。」ってみんなが攻めてきた。
 そんなことが繰り返されるものだから部活も休みがちになる。 そうすると今度は、、、。
「ねえねえ、何で休んでるの? 出ておいでよ。」って部員が総出で家に押し掛けてくるようになった。
 娘には二人の姉が居ます。 次女は中学1年生。
 この様子にブチ切れた次女は大群を前にして「あんたたちがこうやって押し掛けるから出れないじゃないか。 考えなさいよ!」って怒鳴り付けた。
そうすると今度は連絡帳に載っているぼくの携帯に来るか休むかを毎回訪ねてくるようになった。
 参加すると虐め、休むと親切そうに見せて押し掛けてくる。 学校はまともに対応しない。

 そんな時に担任がやらかした。 家庭訪問をした時のこと。
本人に直接「お前さあみんなから臭いって言われてるのを知ってるだろう? 何とかしろ。」って指導した。
 その頃の我が家の状況からすれば言われても仕方のない状況だった。
 掃除はろくにせず、ゴミも汚れた下着もその辺に置きっぱなし。
終いにはゴミが山盛りになって何処に何が埋まっているのか分からない状態。 それでは臭いって言われても反論できないわ。
 それでも親であるぼくらに言ってくれたらまだ何とか動けたんだ。 本人に言われては、、、。
そこで思い切って教育委員会と教育センターに情報を共有してもらうことにした。
 大喧嘩も3年目の春が来た。 教育センターの相談員に「学校に対して意見は有りますか?」と聞かれたので、、、

 1. 問題教師を担任から外すこと。
 2. その教師を教科からも外すこと。
 3、 学校として虐めと向き合い、根絶に向けて対処すること。
を伝えた。
 相談員には「あくまで実行するのは学校ですからどうなるかは分かりませんが、、、。」と前置きされたうえで伝えてもらうことを確約してもらった。
 そして6年生の4月。 学校から手紙が届いた。
それを読んだ妻は発狂しそうなくらいに喜んだ。 伝えたことが全て実行されていたからだ。
 その年、教頭が交代した。 それに合わせて引継ぎがされていた。
虐めに対しては校長と教頭が交代で6年生に関わって目を光らせてくれていた。
さらにそれは学校からの要請を受けてPTAも一緒に動いていたのである。
 3年の戦いは長かった。 ぼくはその間、妻にも知られずに大喧嘩を繰り返してきたんだ。
でもね、3年で解決することは珍しい。 移動とか転勤とか課されれば職員は逃げるのも簡単だ。
管理職ともなればまず素直に認めたり謝ったりすることは無い。 そこをどう打ち破っていくのか。
 虐められた経験を持っている人でなければ虐められている子供の気持ちは分からない。
役所にも児童相談所にも保護観察所にももっと学校問題に首を突っ込んでほしいと思う。
 さらに言えばBBS Big Brothers. and Sister's Movementというボランティア団体が有る。
普段は触法少年と友達活動をしている団体だ。 そこにだって関われる部分は多いと思う。
 今はネット社会。 BBSだって何だって情報は溢れている。
引っ込まないことだ。 訴えていくことだ。
一度や二度で動かないなら動くまで訴えることだ。 死んでいった子供たちの声を無駄にしないためにも。