「はあ、はあ……セ、セッカ先生」
「アリア嬢! お怪我はありませんか!? 厄災魔物は――」
「厄災魔物は倒したのだが、あの……剣聖の力が……」
「え……?」
城に入り、図書室から資料室まで真っ直ぐに向かう。
信じられない。
生まれて初めて息切れというものをした。
それがまた、私を混乱させた。
まとまらない思考のまま、自身の現状とその経緯、厄災魔物との戦いを説明する。
「私……私……剣聖の力を失ってしまったのだろうか……?」
「一時的な魔力切れかと思いますよ。私は生まれつき魔力がないので、魔力切れかともなにも経験したことはないのですが……確か、別の文献に……ああ、多分これですね」
私が相当肩を落として混乱していたせいか、セッカ先生は少し焦ったように左の本棚から巻物のような文献を持ち出してきて、該当箇所を指でなぞって見せてくれた。
あ……本当だ。
『五大英雄でも、回復量を上回る量を使用すれば一時的にあらゆる耐性が停止し、聖武具の生成ができなくなる。常人の魔力とは違い、五大英雄の聖魔力は一秒ごとに回復するので、三十分ほど休息を取りましょう』と書いてある。
これも教会の古い資料なのか。
つまり、五大英雄の聖魔力は聖武具を使うと大きく消費され、一時的に回復待ちになる。
その間は常時発動している五大英雄特有のあらゆる耐性も切れて機能しなくなる――らしい。
なるほど?
「では、少ししたら元に戻るの……?」
「はい。それに、五大英雄も聖魔力切れを起こせば普通の人間のように魔力の総量が少しずつ増えるとも記載されております。大丈夫、安心してください」
「あ……」
心底、安堵した。
よかった。……よかった……。
あまりにも安心して、膝から力が抜けて座り込んでしまう。
「は、はあ……。本当に驚いた」
「あなたは……根っからの剣聖なのですね」
「へ?」
「いえ。少しだけ、アリア嬢は剣聖の力を……疎んでいるのかと思っていたので」
「え? いや、そんなことは」
「ええ。あなたは剣聖です。間違いなく」
手を差し出される。
まだ胸がドキドキしているが、その手に手を重ねると別な意味でドキドキとしてしまった。
殿方と手を重ねるなんて、生まれて初めての経験で……しかもセッカ先生。
「あ、ありがとう」
「アリア嬢、改めてこの町を……アイストロフィを守ってくださりありがとうございます。厄災魔物は長年この町を脅かす脅威でした。まさかたった一人ですべて倒してしまうなんて……。あなたは英雄です」
「え、え、え? い、い、いや……いやいや? 戦って勝利することなど剣聖として当然のこと……」
「そうですか? だとしても、あなたがこの町のために厄災魔物と闘い、命を賭して守ってくださったことは事実でしょう? それについての感謝です。町の長として、近く正式にお礼をさせてくださいね」
「え……あ……う……い、いや……」
「町としての矜持です。絶対受け取ってください。そのあたりは、元貴族であるアリア嬢ならわかってくださると思いますが」
とまで言われると断れない。
手を握られたままなのも気になるし、顔は熱くなるし、誰かに……感謝されたのも初めてで言葉が上手く出てこないのだが。
「えっと、えっと……そ! その話は今度で大丈夫! わ、私は……きょ、今日はもう! か、帰る!」
「あ、はい。ゆっくりとおやすみください。クラゼリも、ありがとうございました」
「っっっ!」
手を離すのが名残惜しいなんて。
変な感情を覚えつつ、セッカ先生から逃げるように資料室から飛び出した。
まだ聖魔力は回復していないのに、自宅までの道のりは全速力でも疲れない。
玄関を開けて扉を閉めて、謎にガッツリ鍵もかけて二階の自室まで駆け上る。
ベッドにダイブして足をバタバタさせる自分の今の感情が説明のできないもので、枕に向かって絶叫してしまう。
「………………はあっ!」
一通り発散させてから枕を抱きつつ上半身を起こす。
気がつくと部屋の寒さが気にならなくなっていた。
聖魔力が回復したのか。
ベッドから降りて窓に近づくと、雪が降り始めていた。
これで寒さを感じない、ということは……完全に耐性が回復しているな。
安心するのと同じく、カーテンを閉めながら呟いてしまった。
「あれが、普通の“女の子”の感覚……」
寒いと感じる。
疲れると感じる。
目を閉じて、大きく息を吸って、吐く。
胸に手を当てて、聖魔力を剣聖の紋章に集める。
「各地にいる、我が友よ。我以外の四人の同胞よ。私はアリアリット・プレディター。あなたたちに聞きたいことがある――」
五代目賢者、初代聖女に共有してもらった知識を使い、紋章を通して世界のどこかにいる同じ五大英雄……『槍聖』『弓聖』『聖女』『賢者』へ語りかける。
これは私からの、一方的な語りかけ。
反応が返ってこなくても構わない。
ともかく、初代聖女に聞いた封印核への聖魔力提供を頼んでみる。
頭の中で語りかけるだけだが……いや、なんというか……誰からも反応がないな。
ま、まあ、反応がなくとも伝えるべきことは伝えたからいいか。
『――あなたは……』
「ん?」
女性の声が紋章から響いてきた。
女性……ということは、聖女?
『あなたは、アリアリット様? 本当に? 本物ですか?』
「本当に本物だ。あなたは……聖女ティシュリア・ミラ様?」
『はい。今代聖女を務めております、ティシュリア・ミラでございます』
あの時……クラッツォ王国を出る時にすれ違った聖女。
言葉を交わすのは初めてだが、まさかいの一番彼女から返答をもらえるとは。



