質問をすると、レアナスは目を細めて神妙な面持ちになる。
五大英雄としての役目を捨て、王として国を背負うことを選んだこと人に『ヴォルティスキー王国はもうない』と告げたらそう渋い表情をされるに決まっていたか。
だが、このままではその亡国の残滓さえも雪に飲まれてしまう。
セッカ先生が必死に守ろうとしているこの町は、きっと寒波さえなければ復興していける。
『事情は理解しました。私の持つ知識をあなたに預けましょう。私の賢者の紋章に手を当ててください』
するり、と胸元をはだけさせ、賢者の紋章を晒すレアナス。
男性の胸に触るのは少し抵抗があるが、同じ五大英雄の他の紋章を見たのは初めてで興味深くもある。
恐る恐る触れると、封印紋章についての知識が流れ込んできた。
すごいな、これ。
(こんなことができるのか……)
『あなたにも同じことができます。必要があればあなたの紋章で封印をかけ直してください』
(ありがとう)
手を離す。
だが、もう一つ気になることがあった。
(レアナス殿に聞きたいことがもう一つあるのだが)
『私に答えられることならなんでも』
(なぜ五大英雄としての役割よりも、王族としての役割を優先したのだろうか? 五大英雄は封印核を守る国を守る。国守としての役割よりも、生まれた国を選んだ理由を知りたい)
私はまだ心のどこかで剣聖として生きることを意識している。
これから自由に生きられる、と永久凍国土へと向かう準備はしているが、それもまだ始まったばかり。
剣聖以外の自分を私はまだよく理解できていない。
五大英雄としての自分以外の生き方を選んだ先人の話を聞いておきたい。
それで……クラッツォ王国の国守の自分とちゃんと訣別したいのだ。
私の意図を理解したのか、ふわりと微笑むレアナス。
『簡単なこと。私生まれた時から賢者としてよりも王子として育てられたからです。この地は当時から教会に軽視されていましたからね。私の母は体が弱く、子も一人しか産めぬであろうと医者から言われ、やっと生まれたのは私だけ。母の願いは王家に嫁いだ女の意味……世継ぎを産むということ。そしてその世継ぎが無事に王となること。私は母の願いを叶えたかった。そして我が子が生まれ、その子は“持たぬ者”だった。周りのものが我が子を屠ろうとするのを、親としてなぜ許せましょう? 私にとって五大英雄というのはただの付属品。私はただの母の子であり、息子の父であったというだけ。そんな私の考えが、果たしてあなたに理解できるかどうか』
(それは……)
確かに私とは事情が違う。
けれど彼は“レアナス・ヴォルティスキー”として生きることを選んだのだということがよくわかる。
誰かの子であり、誰かの親であった。
私にはどちらの生き方もできない。
『五大英雄として生きることは簡単です』
(簡、単……?)
『役目を他者から与えられ、その通りに生きるだけですから。考えなくてよいのです。ですが、私は国王として民に寄り添い、国を守り栄えさせなければならなかった。また、父として家族を守らなければといつも思っていました。賢者として国守として生きていれば、日々命じられたことさえやっていればよかったでしょう。ですが国王はそうではなかった。あなたは今まで考えて生きてきましたか?』
(考えて……)
生きていないかも。
命じられるまま。
求められるまま。
ただ『お前は剣聖だから』とこう生きろと決められていた。
婚約も周りが決めたことだし、婚約破棄も剣聖として生きてきた影響で『ゴツいから』であったし……。
自分で選んでなにかをしたこと……なにも思い浮かばない。
(考えて……ない)
『国守をやめてこの地で剣聖としてではなく、あなた個人として生きていくのであれば、考えなくてはいけません。自分のことはもちろん、自分を支えてくれる人たちのこと。自分が彼らになにをしてあげられるのか。彼らを守るのになにをしなければならないか。あなたにそれができますか?』
(それは剣聖としてではなく)
『そうです』
(……わからない)
けれど――
(わからないが、私は……でも……一つだけ約束はできる。必ずこの町を守ると。私はもう国守ではないけれど……この町を守る剣聖となって、あなたの子孫を支えていこうと思う)
もう、それほどの恩をいただいている。
私を、剣聖ではなく、アリアリット・プレディターとして生きていくことを、認めて導いてくれた人。
考えることをほとんどしてこなかったが、永久凍国土への憧れは、間違いなく私自身で考えていたこと。
拠点となるこの地を私は守ろう。
この地を愛する人たちを守ろう。
この地も、この地に住む人たちを愛するあの人を守ろう。
戦うことしかできない私は戦って守ることしかできない。
自分の夢――永久凍国土の踏破とともに私ができることはそのくらい。
『真面目ですね、剣聖は。相変わらず』
(相変わらず……?)
『では、あなたに子孫と、私の愛したこの国を託します。どうか守ってください』
(――必ず)
頷くと、レアナスはゆっくり光りの中へと消えていく。
自分の手を覗き込む。
破壊しかできない私の力。
破壊以外のことも、どうやらできるらしい。



