『ゴツすぎる』と婚約破棄されて追放されたけど、夢だった北の大地で楽しくやってます!〜故郷は剣聖の私なしにどうやって災厄魔物から国を守るんだろう?まあ、もう関係ないからいっか!〜


 
「ん! 美味い!」
 
 店の前で肉串をもぐもぐさせていただく。
 肉汁の滴る肉串は、甘味が強い。
 しかしそこに辛味の強めなソースがたっぷり浸してあり、絶妙な甘辛さが口に広がる。
 うっっっまぁ……!
 アイスボアといえば体の半分が氷でできている魔物のはずなのだが、こんなに肉が柔らかいのか。
 これはいくらでもいける。

「うーん、美味かった!」
「マジで全部食べた……」
「おい、まじかあの子。アイスボアの肉串を五本も平らげたぞ……」
「アイスボアの肉串を、五本!? 男でもキツい量だぞ!?」
「こんな細くて小さな体のどこにあの量が……」

 露店の店主たちがかなり驚いた声をあげ、私の持つ五本の串を覗き込む。
 私の場合は常に聖魔力が体を包んでいるので、いくら食べても秒で魔力に変換される。
 満腹を感じることはなく、同じくらいの空腹耐性もあるので一週間飲み食いしなくても平気だったり。
 栄養は自然魔力を取り込み、補えるのだ。
 私の体は生まれつき――紋章で飲み食いも睡眠も必要とせず、疲労もしない、長時間いくらでも戦える体。
 睡眠も食事も嗜好品のようなものだ。
 生まれてこの方『お腹いっぱい』という感覚を味わったことはないし、それがまた両親に『気味が悪い』と思われる理由になったように思う。
 まあ、これはこれで美味しいものをいくらでも食べられるという得な部類のことだと思っているけれど。

「こちらはなにを売っているのだろうか?」
「うちかい? うちはアイスクリームを売っているよ。ちょっと粘り気のあるアイスでね。食べてくかい?」
「ああ、ぜひ!」
「まだ入るのかい?」
「私は体質的にすぐ魔力変換されるので、いくらでも食べられる」

 と、答えると露店店主たちは顔を見合わせる。
 そうしてすぐに「じゃあうちのも食べていける?」「うちのも食べてみてくれよ」とそれぞれの商品を差し出した。
 無限に食べられるなんて、いい金蔓とでも思われたのだろうか。
 まあ、食べるけれども。

「そうだ。今日はセッカ先生にお会いできるだろうか? 今後のことを相談したいと思っていたのだが」
「会えるんじゃあないか? 来るもの拒まずだからな。とはいえ、セッカ様はお体が弱いからな。あまり押しかけすぎて倒れられては困る」
「そうそう。温室かご自身の自室か……あとは図書室にいることもあるが、まあ、その辺りにいなかったら今日のところは諦めるといいさ」
「そうか。ありがとう」

 城の中にはいる、ということらしい。
 だがやはり『持たぬ者』らしく体は弱いのか。
 そうだよな、私も『持たぬ者』で生きている者を見たのは初めてだ。
 周りの者が彼を大事にしているからこそ、彼は今日まで生きてこれたのだろう。
 優しい者に囲まれて……そういう意味では、彼は『持たぬ者』ではない。
 むしろ私の方が――。

「とりあえず温室に行ってみようか。ええと……確か……」

 一度しか行ったことのない道の記憶を辿りながら、昨日と同じ道を通ると無事に温室を見つけることができた。
 石畳の道を通り、温室の扉を開ける。
 幸にして人の気配があった。

「セッカ先生」
「おや、アリア嬢。もしかして道に迷われたのですか?」
「いいや。普通に寝坊をしてしまった。睡眠をとるのは久しぶりで……」
「睡眠をとるのが久しぶり……?」

 あ、しまった。
 普通の人間は毎日眠るんだった。
 かくかくしかじか、私には『剣聖』として色々な耐性があるのだと話すと、セッカ先生の表情がどんどん険しくなっていく。
 なにかまずい話でもしただろうか……?

「なるほど。五大英雄の『聖痕』にはそのような耐性を与える力が……」
「んん? 聖痕……?」
「『紋章』のことです。アリア嬢がいらしたので、改めて五大英雄についての文献を調べてみたのですが、今でこそ『紋章』と呼ばれるようになった胸に現れるそれらは『聖痕(せいこん)』なのだそうです。魂に深く刻まれた傷であり、肉体に浮き出たもの。つまり……あなたは五大英雄『剣聖アリトリス』の転生者――ということのようです」
「転生者……」

 突然すごい話をされているような?
 ええと、つまり紋章は初代剣聖から受け継がれ続けているということ?
 紋章に選ばれるわけではないということなのか?

「アイストロフィに残る教会の文献なので、信憑性はそれなりに高いと思いますよ」
「そうなのか。だが、それを知らされたところで私がするべきことは変わらないな。私は強くなり、もっといろいろなことを学びたい。今まで教わらなかったことを知りたいし、私がなにを知らないのかも知りたい」
「そうですか」

 少しだけ目を細められた。
 見たことのない眼差しだ。
 私を、憐れむような眼差し。

「では、少し話をしながら今後のことを決めていきましょう。アリア嬢は――もう、国守としてクラッツォ王国に戻ることはないのですね?」
「ない」

 言い切ると、セッカ先生がこくりと無表情のまま頷く。
 そして「暖かい場所でお茶をしましょう」と笑いかけられた。
 車椅子を操作して、温室の奥に案内された。
 色とりどりの花が咲き乱れる、ガゼボのある場所。
 テーブルに着くとお茶を淹れてお菓子とともに出してくれた。

「セッカ先生は……その、失礼だったら申し訳ないのだが」
「はい?」
「どうやって腕を動かしているのだろうか? 『持つ者』は魔力も持たないはず。腕や足に魔力が巡らず、動かせないとか」
「ええ、そうですよ」

 あっさりと肯定されて、私の方が困惑した。