「え~、新入生歓迎会ライブの成功と、立夏ちゃんの入部を祝しまして、かんぱ~い!」
「ぱ~い!」
「ぱーい!」
「……ぱい」
ペットボトルが合わさる鈍い音が、第二音楽室に響き渡った。
机を四つ合わせた簡易テーブルの上には、それぞれ持ち寄ったお菓子が所狭しと置かれていた。
開け放った窓から、春嵐で舞い散った桜の花びらがひらりひらりと数枚、舞い込んできた。つい数日前の入学式では満開だった桜も、1週間も経つと風と雨に洗い流され、寂しさを感じる装いになってまった。
「いや~ほんとに助かったよ~。立夏ちゃんが居なかったら、今頃どうなってたことやら」
「なんやかんや軽音部入ってくれたしな!」
「……(アンタがこの1週間朝も昼も帰りもずーーーーっと、軽音部入ってくれ入ってくれってしつこかったからだろうが!)」
あっけらかんと笑いながらポテチを頬張る高坂くんを睨みつける。が、当の本人は何を勘違いしたのか「食べるか?」とポテチを差し出してきた。ムカついたので多めにもらった。
「……んん! 皆さん宴もたけなわではございますが、改めて我が軽音部の目標についてご説明しま~す!」
立ち上がった冬野さんが、背後にある黒板に白いチョークで何かを書き始める。書き終わると、バン! と強めに黒板を叩いた。
「我々軽音部の目標は~、"文化祭ライブでオリジナル曲を歌うこと"、です!」
おお〜という、歓声と共にまばらな拍手が送られる。
そう言えば、入学式のライブで言ってたっけ。今日のライブの出来で文化祭ライブでれるかどうかが決まる、って。
「文化祭ライブに向けてまずは、第一歩! この前言ってたバンド名、決めよ〜。みんな考えてきてくれた?」
まさかこの一言が、こんなにも和気藹々とした雰囲気を一変することになろうとは、まだ知る由もなかった。
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「は? どう考えてもハルのはない」
「巡の方がもっとねえわ」
「はぁ〜? ザ・バンドマンって何? 5分で考えたんか?」
「失礼な! 熟考に熟考重ねたわ!」
「ザ・バンドマンになるならわたしは軽音部辞める」
「はあ? 巡の春夏秋冬も安直だろ! 全員から一文字ずつ取って〜って俺らは親か!」
「違います〜ひととせって読むんですぅ! 一捻りくわえてるわたしの方がよっぽど熟考してますけど〜?」
「まあまあふたりとも落ち着いて」
「「秋也にだけは言われたくない!」」
「ええ〜」
「なんだよプレアデス星人って! 宇宙人か?」
「プレアデス星人は、プレアデス星団に暮らす宇宙人だよ。平和を愛す、愛にあふれた究極生命体。あ、まずプレアデスがなんなのかから説明した方がいいか。プレヤデス星団は、おうし座の散開星団なんだ。日本だすばるとも言われていて──」
「ハル? 秋也の宇宙スイッチ入れるなっていつも言ってるでしょ」
「スイッチ入った秋也、怖いんだよなぁ。目バキバキで」
「立夏ちゃん、分かってくれるのは立夏ちゃんだけだよ。わたしのがいいよね?」
「おい囲い込むのは無しだろ! 柳さん、ザ・バンドマン、最高にロックだと思わないか?」
迫り来るふたり。追い詰められた私は、居た堪れなくなって明後日の方向を向くしかない。
ザ・バンドマンは絶対嫌だし、プレアデス星人もバンド名にしては尖りすぎな気がする。かと言って春夏秋冬を推したら、それはそれで角が立ちそうだ。
「みんなすごくいいバンド名だと思う、けど。分かりやすいのが、いい……のではないかと」
「例えば?」
「た、例えば!? 私たちを一言で表すなら……新人とか、駆け出しとか……若人とか……演奏が未熟……」
「改めて言われると傷つくよ」
「……ごめん」
「まあ、それで言うなら"novice"かな。日本語訳で、新米とか青二才とか未熟者って意味」
「いいねそれ。分かりやすくて」
「未熟者ってバンド名でバチバチの演奏したらそれはそれでロックか……」
「じゃあ、noviceで」
殺伐とした空気がようやく緩む。
ああ……すんなり決まってよかった……。
ほっと肩を撫でおろして、私は改めて黒板に書かれた文字に目を通す。
「そういえば、オリジナル曲って、誰が作るの? 相馬くん?」
何気なくポロリ、と口にした疑問で、再び第二音楽室は沈黙に包まれた。
この空気感、覚えがある。新入生歓迎会ライブが明日だって言われた時と同じやつだ。私は今、ものすごい墓穴を自分で掘ってしまった気がする。
「そうしたいのは山々なんだけど、生徒会の仕事と塾で中々時間が作れなくてね」
「……へえ」
流れが見えてきた。こういうときの勘は大体当たる。
目の前に座っていた冬野さんがいきなり立ち上がった。そして、私の両肩をがっちり掴んで言った。
「立夏ちゃん、私たちnoviceの命運はきみに託した」
わあ。予想通りだぁ。白目を剝きそうになるのを堪えて、私は全力で首を左右に振った。
「無理です無理です絶対に無理! 作詞も作曲もやったことないから!」
「でも、ハルが立夏ちゃんの曲聴いたことあるって」
思わず高坂くんのほうを振り向く。高坂くんはすぐさま視線をそらして、わざとらしく鼻歌を歌いながら頭の後ろで手を組み、知らないふりを決め込んだ。おい。ふざけるな。こっち見ろ。
「お願い、立夏ちゃん! 立夏ちゃんしか頼れる人がいないんだよぉ」
「頼む柳さん!」
両手を合わせて、頭を下げるふたりのつむじがよく見えた。
最後の頼みの綱、一番話が通じそうな相馬くんに助けを求める。彼は何を思ったか、右手でガッツポーズをした。ダメだ。この人も話通じない人だ! 味方がどこにもいない。
「今度こそ絶対、絶対やりませんからぁーーーー!!!!」
再び私の魂の叫びが、第二音楽室にこだました。



