恋と首輪

「副社長。会議が始まります。」
「ああ、行く」

あれから1ヶ月。

学校には行かず、俺はほぼ会社に出勤する日々を過ごしていた。
なんとなく。
みゆから逃げている。
そう言ってしまえばそうなのかもしれないけど、
複雑で爆発しそうな頭の中を整理したくて。

唯一、仕事してる時だけはみゆを忘れる事ができた。

「副社長。これ、会議の内容簡単にまとめてみました。」
「………。」
南雲の見やすくて正確な資料に見慣れていたせいか、見にくくて仕方ない。
元々みゆの秘書だった南雲は、あの後みゆのところへ戻っていった。

南雲ほど仕事ができる人はいないのに。
南雲が去ったのも俺のストレスの原因だった。

こんなに、精神的に追い詰められたのは久しぶりだ。
…みゆを首輪に選んでから、

俺はずっと心が落ち着いていたから。
ああ、頭がクラクラして視界がぼやける。

"ドンッ"

その時大きい音を立てて視界が暗くなると同時に、
俺はいつの間にか、意識を失っていた。

「蓮様…」
「あ、みゆ。来た?」
着崩していない制服に身を纏ったいつもの彼女。
俺を見るその目は、最初より柔らかくなったような気がする。

「おいで」
ソファに座る俺がそう言えば、ためらいながらも少し距離を空けて隣に座る。
そんな彼女の手を引き寄せると、香水ではない心地いい匂いが鼻をかすめる。

そして髪にキスを落とすと、顔を隠すようにみゆはそっぽを向くから、
俺は彼女の顔をこっちに向けて、唇に吸いつく。

毎日、みゆを抱きしめながら、本を読んだり映画を見る。
一見、恋人同士のようなこんな日常が、

俺には精神安定剤のようなものだったのかもしれない。

たまに、みゆが俺の母親に見える時があった。
俺が小さい時に出ていったから、ろくな記憶はないけど、

柔らかく笑う顔とか、声とか。
みゆといたら、心地がいい理由。

もしかしたら俺は、みゆと母親を重ね合わせているのかもしれない。
目の前のみゆを抱きしめる。

「蓮様?どうかしましたか?」
「少しこのままでいて」

もう離れて行かないで欲しい。
母親が去る時の後ろ姿が今でも夢に出てくる。

もうそんな悪夢は見たくない。

「蓮、ごめんね」

嫌だ、嫌だ。

「お母さんは、蓮が大好きだよ」

嘘つくな。
置いていったくせに。

もう……誰も……

俺を、見捨てないで。