11月の冷たい風が街を吹き抜ける夜。悠斗は珍しく家を離れ、近所の図書館に足を運んでいた。今日は家族が客を迎えており、集中できないのだ。
「まあ、たまには場所を変えるのも悪くないか。」
悠斗は呟きながら、薄い手袋をポケットに突っ込んで図書館の自習スペースに入った。

悠斗は空いている席を見つけ、持参した参考書とノートを広げた。消しゴムを転がす音すら響くような静寂の中で、いつものように勉強に没頭する。
しばらくして、ふと顔を上げると、向かいの席に座る人影が目に入った。見覚えのある栗色のセミロング。

「…紗彩?」
声には出さなかったが、確かに紗彩だった。彼女はノートにペンを走らせ、何かを一生懸命に書き込んでいる。その真剣な表情を見て、悠斗は少し躊躇ったが、タイミングを見て声をかけることにした。

休憩時間になり、紗彩がペンを置いてノートを閉じるタイミングを見計らい、優斗は立ち上がった。
「紗彩?」
紗彩は顔を上げて驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑顔を見せた。
「悠斗!びっくりしたよ、なんでここに?」
「家が今日は騒がしくてさ、仕方なく。紗彩こそ、ここで何してるんだ?」
「部活が終わったら、急に時間ができちゃってね。最近は、資格の勉強を始めてみたの。」
紗彩は少し照れたようにノートを見せた。そこには簿記の勉強の痕跡があった。
「偉いな。新しいこと始めるのって、なかなかできることじゃないよ。」
「そうかな。なんか、急にぽっかり空いた時間がもったいなく感じちゃって。」
二人は自然に笑い合った。

閉館のアナウンスが流れると、二人は荷物をまとめて一緒に図書館を出た。
寒空の下、自販機のホット飲料を手に二人は並んで歩いていた。

ふと紗彩が口を開いた。
「そういえば、美玖ね、最近ちょっと落ち着いてきたみたい。」
悠斗は飲み口から立ち上る湯気を見つめながら顔を上げる。
「錬と会えてるのか?」
「うん、錬くんも受験があるから頻繁には会えないみたいだけど、たまに顔を合わせてるってLINEで言ってたよ。」
紗彩はどこか楽しげに微笑む。
「美玖もね、『試験が終わるまでは我慢しなきゃ』って言ってた。意外と忍耐強いなーって思ったよ。」
「そっか。錬のやつ、ちゃんとバランス取れてるといいけどな。」
悠斗は小さく笑いながら肩をすくめる。
「大丈夫じゃない?あの二人、いい感じだもん。」
紗彩の言葉に、悠斗もふと和らいだ表情を見せた。

そして、ほんの少しの沈黙が流れる。二人の吐く息が白く夜空に消えていく中、紗彩が少し前を向き直りながら聞いた。
「悠斗、受験勉強は順調?」
紗彩が少し心配そうに問いかけると、悠斗は肩をすくめた。
「まあ、追い込まれてるよ。受験のことを考えると、いくら勉強しても焦っちゃうんだよな。」
紗彩は少し考え込むように唇を引き結び、手に持った飲み物を見つめた後、顔を上げた。
「でも、悠斗ってどんなことでも最後までやりきるでしょ。焦るくらい本気なら、大丈夫だよ。」
その言葉に、悠斗は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに小さく笑った。
「…そんなふうに言われると、なんか頑張れそうな気がする。」
紗彩も微笑み返し、二人は再び歩き出す。特別な話をするわけでもなく、ただ同じ歩幅で寒空の下を進んでいく。それでも、その短い時間に交わした言葉は、冷えた夜の空気の中に、確かな温もりを残していた。