夏が過ぎ、コンクールが終わった悠斗は部活を卒業し、受験勉強に専念する日々が始まった。
かつては部活の帰り道に紗彩と並んで歩いたあの道も、今では自転車でまっすぐ家に向かうだけ。駅で紗彩を見かけることもなくなった。
(仕方ないよな。俺は受験勉強、紗彩は部活だもんな。)
悠斗はそう自分に言い聞かせながらも、どこか物足りなさを感じていた。
そんな中、紗彩とのLINEのやりとりだけが、二人をつなぐ唯一の手段となっていた。

紗彩:
「練習、大変だけど頑張ってるよ!そっちは勉強どう?」
悠斗:
「まあまあだよ 手ごたえはあるけど まだ、あと一歩も二歩もって感じ」
紗彩:
「頑張ってるんだね」
悠斗:
「そっちこそ 定期演奏会の準備進んでるのか?」
紗彩:
「うん もう少し 定期演奏会、もし暇があったら聴きに来てよ!」
悠斗:
「受験が近いから ちょっと厳しいかも」
紗彩:
「受験だもんね でも、たまには息抜きしてね」
悠斗はスマホの画面を見つめたまま、少しの間そのまま動けなかった。
(暇があったら、か…。いや、行きたいけど、何て言えばいいかわからない。)
結局、悠斗は「ありがとう 頑張れよ」とだけ返信して、スマホを机に置いた。


夜の静かな部屋で、悠斗は机に向かって化学の参考書を開いていた。
蛍光灯の明かりがノートに落ち、暗記用の蛍光ペンで線を引いた箇所がやけに目立つ。

(化学は、覚えることが多すぎる…。でも、ここを克服しないと合格なんて無理だよな。)
悠斗は自分に言い聞かせるようにペンを握り直し、参考書の一文をノートに書き写す。
「酸化還元反応のイオン式…。あー、こんがらがってきた。」
軽くため息をついて椅子に背を預けた。

ペンを置き、机の端に置いていたスマホを手に取る。
画面を開くと、自然とLINEのトーク画面に指が滑った。
紗彩とのやりとりを遡りながら、彼女からのメッセージが目に留まる。
「定期演奏会、もし暇があったら聞きにきてよ」

悠斗はスクロールする指を止め、ぼんやりとその文面を見つめた。
(聴きに行けるなんて言えなかったけど…。紗彩の演奏、一度はちゃんと聴いてみたいな。)

机に肘をつきながらスマホを机の上に置くと、参考書のページを開き直す。
(こんなことで気を散らしてる場合じゃない。まずは目の前の勉強だ…。)

けれど、頭の片隅には、柔らかな音色でフルートを吹く紗彩の姿が浮かんで消えなかった。