コンクール当日。早朝の涼しい空気の中、部員たちはそれぞれ楽器を抱えて会場に集まった。大型の楽器はトラックで運び込まれてくる。打楽器担当の部員たちは、運び込まれた楽器の状態を慎重に確認していた。
「じゃあ、チューニング室に移動するわよ。」
木村部長の号令に従い、部員たちは練習室を出て、静まり返ったチューニング室へ向かった。楽器を調整する音だけが響くその空間に、自然と緊張感が漂う。
その空気を切り裂くように、錬が手を叩いて声を張り上げた。
「おい、みんな!ここで一発、気合い入れていこうぜ!」
部員たちが錬に視線を向ける。てくる
「俺が『行くぞー!』って言うから、みんなは『おーっ!』って返してくれ!」
「行くぞーっ!」
錬がさらに大きな声を上げると、部員たちの声が重なった。
「おーっ!」
一瞬の沈黙の後、自然と笑顔が広がり、緊張感が少しだけ和らぐ。
「よし、いい感じだな!」錬が笑顔を浮かべると、悠斗は苦笑しながらぽつりとつぶやいた。
「相変わらず体育会系だな、錬は。」
木村部長も微笑みを浮かべながら頷き、部員たちを見渡した。
「その調子で、舞台でもしっかりやるわよ。」
やがて、舞台袖に移動する時間が来た。前の学校の演奏が聞こえてきて、再び緊張が部員たちを包む。そんな中、錬は相変わらずリラックスした様子で、打楽器担当の後輩に軽く声をかけていた。
「セッティング、手際よくな、頼んだぞ。」
いよいよ翠峰高校の番が来た。部員たちは静かに整列し、舞台へと歩を進める。整然と配置についた彼らの前で、アナウンスが響き渡る。
「プログラム12番、翠峰高校。ジェームズ・バーンズ作曲、『アパラチアン序曲』。」
ホール内が静まり返る。田嶋先生が観客席に一礼し、指揮台に立った。背筋を伸ばした部員たちの間に、緊張感が一層高まる。田嶋が指揮棒を掲げた瞬間、空気が張り詰めた。
トランペットのファンファーレで幕を開けた『アパラチアン序曲』。力強くも鮮やかな金管の響きがホールいっぱいに広がり、会場の空気が一気に引き締まる。悠斗は最初の音を吹きながら、体に染み付いた練習の成果を実感していた。
(今までやってきたことを信じて吹くだけだ…。)
続いて、ホルンとユーフォニウムによる主題が静かに紡がれる。柔らかく重なり合う音色が観客を引き込み、木管セクションへと旋律が引き継がれていく。宮原結衣のフルートソロが始まると、まるで山間に吹き抜ける風のような繊細で清らかな音が響き渡った。観客席が静かにその音色に耳を傾けているのを、悠斗は肌で感じていた。
中間部に差し掛かると、トランペットとトロンボーンによる掛け合いの場面が訪れた。悠斗は深く息を吸い、田嶋の指揮棒に視線を合わせる。軽やかなトランペットの旋律が始まり、それに応じる錬のトロンボーンの低音が力強く絡む。
クライマックスでは、全パートが一体となり、ホール全体を音楽の渦で包み込む。躍動感あふれるテンポと壮大な響きが観客席を圧倒し、最後の一音が響き終わった瞬間、ホールにはしばし静寂が訪れた。
その後、観客席から割れるような拍手が湧き上がる。部員たちは汗ばんだ顔に達成感をにじませながら、田嶋が振り返って一礼するのに合わせて軽く頭を下げた。
悠斗は息を整えながら、控えめな笑みを浮かべた。
(これが今の俺たちの精一杯だ…。)
全ての学校の演奏が終わり、ホールには静かな緊張感が漂っていた。結果発表がいよいよ始まり、司会者の声が響く。次々に学校名が呼ばれ、賞が発表されていく。
「翠峰高校、ゴールド金賞。」
その瞬間、悠斗たちが座る客席から歓声が上がった。部員たちは互いに拍手を交わし、短い安堵の笑顔を見せ合う。悠斗も手を叩きながら、木村部長の顔を見る。木村は微かに笑みを浮かべていたが、次のアナウンスに耳を傾け続けていた。
観客席の中ほどに座る紗彩も、小さく手を叩きながらほっと息をついた。
(やっぱり、悠斗たちは本当にすごい。努力がちゃんと実ったんだね…。)
彼女の視線は、緊張が少しだけ和らいだ悠斗の背中に注がれている。
全ての学校の賞が発表されると、「推薦団体発表」のアナウンスが響いた。いよいよ地区大会に進む4校の名前が呼ばれる。会場全体がさらに静まり返る。
「プログラム3番…プログラム8番…プログラム15番…」
翠峰高校の名前は呼ばれなかった。
部員たちの席から小さなため息が漏れた。悠斗は拳を静かに開き、隣に座る錬が深く息をつくのを横目で見た。
そんな二人の様子を察した滝沢丈士が、前の席から振り返りながら声をかけた。
「金賞は取れたんだから、十分じゃんか。」
その言葉に、錬が一瞬驚いたように顔を上げた。
「…そうだな。」
錬は小さく頷きながらも、その表情には微かな悔しさが滲んでいる。悠斗も、少しだけ肩の力を抜きながら静かに滝沢の言葉を反芻していた。
紗彩も、自分の膝の上で握っていた手を少し緩めた。
(代表にはなれなかったけど、悠斗たちの演奏は本当に素晴らしかった。それは変わらない。)
彼女は、悠斗たちが次々と立ち上がり、帰り支度を始めるのを見つめながら、胸の中でエールを送っていた。
ホールを出た悠斗は、一息つくように深く呼吸をした。
ロビーの端で待っていた紗彩の姿を見つけると、自然と足が向かった。
「金賞、おめでとう。」
紗彩が笑顔で声をかけると、悠斗は照れくさそうに頷いた。
「ありがとな。来てくれてたんだな。」
「もちろん。悠斗の頑張り、すごく伝わったよ。」
紗彩のまっすぐな瞳に一瞬言葉を詰まらせながらも、悠斗は小さく笑みを浮かべた。二人はそのまま、自然と並んで歩き出す。
少し離れた場所でその様子を眺めていた滝沢は、腕を組みながら軽く眉を上げた。
(文化祭のあの時とは違う感じだな…。)
滝沢は少しだけ近づき、悠斗に向かって声をかけた。
「おい、悠斗。そろそろ解散場所に集まれよ。」
悠斗は驚いたように振り返り、少し照れた表情で頷いた。
「わかってる。」
滝沢が悠斗を見る目には、どこか含みのある微笑が浮かんでいた。
「じゃあ、チューニング室に移動するわよ。」
木村部長の号令に従い、部員たちは練習室を出て、静まり返ったチューニング室へ向かった。楽器を調整する音だけが響くその空間に、自然と緊張感が漂う。
その空気を切り裂くように、錬が手を叩いて声を張り上げた。
「おい、みんな!ここで一発、気合い入れていこうぜ!」
部員たちが錬に視線を向ける。てくる
「俺が『行くぞー!』って言うから、みんなは『おーっ!』って返してくれ!」
「行くぞーっ!」
錬がさらに大きな声を上げると、部員たちの声が重なった。
「おーっ!」
一瞬の沈黙の後、自然と笑顔が広がり、緊張感が少しだけ和らぐ。
「よし、いい感じだな!」錬が笑顔を浮かべると、悠斗は苦笑しながらぽつりとつぶやいた。
「相変わらず体育会系だな、錬は。」
木村部長も微笑みを浮かべながら頷き、部員たちを見渡した。
「その調子で、舞台でもしっかりやるわよ。」
やがて、舞台袖に移動する時間が来た。前の学校の演奏が聞こえてきて、再び緊張が部員たちを包む。そんな中、錬は相変わらずリラックスした様子で、打楽器担当の後輩に軽く声をかけていた。
「セッティング、手際よくな、頼んだぞ。」
いよいよ翠峰高校の番が来た。部員たちは静かに整列し、舞台へと歩を進める。整然と配置についた彼らの前で、アナウンスが響き渡る。
「プログラム12番、翠峰高校。ジェームズ・バーンズ作曲、『アパラチアン序曲』。」
ホール内が静まり返る。田嶋先生が観客席に一礼し、指揮台に立った。背筋を伸ばした部員たちの間に、緊張感が一層高まる。田嶋が指揮棒を掲げた瞬間、空気が張り詰めた。
トランペットのファンファーレで幕を開けた『アパラチアン序曲』。力強くも鮮やかな金管の響きがホールいっぱいに広がり、会場の空気が一気に引き締まる。悠斗は最初の音を吹きながら、体に染み付いた練習の成果を実感していた。
(今までやってきたことを信じて吹くだけだ…。)
続いて、ホルンとユーフォニウムによる主題が静かに紡がれる。柔らかく重なり合う音色が観客を引き込み、木管セクションへと旋律が引き継がれていく。宮原結衣のフルートソロが始まると、まるで山間に吹き抜ける風のような繊細で清らかな音が響き渡った。観客席が静かにその音色に耳を傾けているのを、悠斗は肌で感じていた。
中間部に差し掛かると、トランペットとトロンボーンによる掛け合いの場面が訪れた。悠斗は深く息を吸い、田嶋の指揮棒に視線を合わせる。軽やかなトランペットの旋律が始まり、それに応じる錬のトロンボーンの低音が力強く絡む。
クライマックスでは、全パートが一体となり、ホール全体を音楽の渦で包み込む。躍動感あふれるテンポと壮大な響きが観客席を圧倒し、最後の一音が響き終わった瞬間、ホールにはしばし静寂が訪れた。
その後、観客席から割れるような拍手が湧き上がる。部員たちは汗ばんだ顔に達成感をにじませながら、田嶋が振り返って一礼するのに合わせて軽く頭を下げた。
悠斗は息を整えながら、控えめな笑みを浮かべた。
(これが今の俺たちの精一杯だ…。)
全ての学校の演奏が終わり、ホールには静かな緊張感が漂っていた。結果発表がいよいよ始まり、司会者の声が響く。次々に学校名が呼ばれ、賞が発表されていく。
「翠峰高校、ゴールド金賞。」
その瞬間、悠斗たちが座る客席から歓声が上がった。部員たちは互いに拍手を交わし、短い安堵の笑顔を見せ合う。悠斗も手を叩きながら、木村部長の顔を見る。木村は微かに笑みを浮かべていたが、次のアナウンスに耳を傾け続けていた。
観客席の中ほどに座る紗彩も、小さく手を叩きながらほっと息をついた。
(やっぱり、悠斗たちは本当にすごい。努力がちゃんと実ったんだね…。)
彼女の視線は、緊張が少しだけ和らいだ悠斗の背中に注がれている。
全ての学校の賞が発表されると、「推薦団体発表」のアナウンスが響いた。いよいよ地区大会に進む4校の名前が呼ばれる。会場全体がさらに静まり返る。
「プログラム3番…プログラム8番…プログラム15番…」
翠峰高校の名前は呼ばれなかった。
部員たちの席から小さなため息が漏れた。悠斗は拳を静かに開き、隣に座る錬が深く息をつくのを横目で見た。
そんな二人の様子を察した滝沢丈士が、前の席から振り返りながら声をかけた。
「金賞は取れたんだから、十分じゃんか。」
その言葉に、錬が一瞬驚いたように顔を上げた。
「…そうだな。」
錬は小さく頷きながらも、その表情には微かな悔しさが滲んでいる。悠斗も、少しだけ肩の力を抜きながら静かに滝沢の言葉を反芻していた。
紗彩も、自分の膝の上で握っていた手を少し緩めた。
(代表にはなれなかったけど、悠斗たちの演奏は本当に素晴らしかった。それは変わらない。)
彼女は、悠斗たちが次々と立ち上がり、帰り支度を始めるのを見つめながら、胸の中でエールを送っていた。
ホールを出た悠斗は、一息つくように深く呼吸をした。
ロビーの端で待っていた紗彩の姿を見つけると、自然と足が向かった。
「金賞、おめでとう。」
紗彩が笑顔で声をかけると、悠斗は照れくさそうに頷いた。
「ありがとな。来てくれてたんだな。」
「もちろん。悠斗の頑張り、すごく伝わったよ。」
紗彩のまっすぐな瞳に一瞬言葉を詰まらせながらも、悠斗は小さく笑みを浮かべた。二人はそのまま、自然と並んで歩き出す。
少し離れた場所でその様子を眺めていた滝沢は、腕を組みながら軽く眉を上げた。
(文化祭のあの時とは違う感じだな…。)
滝沢は少しだけ近づき、悠斗に向かって声をかけた。
「おい、悠斗。そろそろ解散場所に集まれよ。」
悠斗は驚いたように振り返り、少し照れた表情で頷いた。
「わかってる。」
滝沢が悠斗を見る目には、どこか含みのある微笑が浮かんでいた。



