乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます



『…猫魔の中にある残留思念とは、時成のものなのかもしれぬ』

 いつかのリブロジさんの言葉がずっと引っかかっていた…。



『姫はどうか時成殿の“忘れたモノ”を探してあげてくれ』

 アネモネさんの言葉が、腑に落ちた…。



『由羅、君の中の光はこの世界の歪みとの共鳴を求めている』

 何故、光が共鳴を求めたのかーー…
 全ての共鳴を終えた今、やっと理解できた…。


 共鳴した皆の心が、私に教えてくれている…。




「猫魔の中にいる残留思念は、時成さんのものではないですか?」


 小さく聞いた私の質問に、時成さんは長い無言のあと、口を開いた…。


「思念が、私のものだとすると…私がもともとこの世界の者だとしなければ…つじつまが合わないよ」


 …そうですね。だから、それが真実なんですよ…。


「時成さん、あなたはもともとこの世界に生まれ落ちた、ただの人間だったんです。」
「…とても信じがたいね」


 にっこりと、胡散臭い笑みを浮かべる時成さんに私は立ち上がるとその腕をがしりと掴んだ。


「今から証拠を見せますよ」
「証拠…?」
「アネモネさんが言っていたでしょう?時成さんが『忘れたモノ』。それを思い出せばきっと時成さんも理解できるはずです」
「私がもし本当に何かを忘れていたと仮定して…、何故由羅に分かるのかな」


 腕を引っ張れば素直に立ち上がった時成さんは、行動に反して頭は納得してないようだった…。
 まぁ当たり前か。突然訳知り顔になる私もどうかと思うし、共鳴を為した事で私の中に入ってくる膨大な情報に、私自身…ついていけてない自覚がある。


「今はとにかく、私を信じてくださいよ。」


 思い出せばきっと、時成さんは消える選択肢を選ばなくなる気がするんですよ…。
 ほんのわずかな、その可能性に私は縋るしかないんです…。


 怪訝に眉を顰める時成さんの腕をもう一度引っ張り、戸をあけ階段を下りた。
 旅館をあとにして向かうはトキノワ本部の私の部屋だ。

 出払っているのか、誰もいない一階を通り過ぎ、二階へと上がり私の自室の戸を開けた。

 ずっと無言のままの時成さんは、部屋に入ると座布団に座り、頬杖をつき私を見つめる。


「それで?証拠とはなんのことかな?」


 あるのなら早く出してみろ、と少しだけ高圧的に感じるその態度に多少口元がひくつくけど、私は本棚から一冊の本を手にとると時成さんに渡した

 
 黒と金の塗装がされたその本はいつかの矢場で景品になっていたもの。そしてゲンナイさんの解読によると300年も昔に書かれた本だ。


「この本は、“名もなき男を自称する一人の人間の日記”です。そしておそらく、“この名もなき男”は…時成さん…あなたの事だと思います」

「…何をいうのかと思えば…由羅はとうとう頭でもぶつけておかしくなったのかな」


 キトワに診てもらおうか。と嫌味に笑う時成さんを殴りたい…。いいからまじめに話を聞いてくださいよ。
 

「私にも、どうしてそう思うのか分かりません」


 ゲンナイさんに解読方法を教えてもらってたけど、結局とまだ全て読めたわけじゃない。だけど、この本が人間だったころの時成さんが書いたものだと何故か確信を持っている私がいる…。
 アネモネさんとの共鳴で、私の中にいる龍が、教えてくれている気がするんだ…。
 この本は、この時のために、人間だったころの時成さん自身が、大事にとっておいたものなんだと…。

 
 
「読んでみてください」


 促した私に時成さんは、小さく息をはくと本の表紙を捲った。


「…『ひとりの名もなき男の生涯をここに遺す。この本がいつか、かの人へと届くことをいのってーー。』」

 冒頭の一文を読み、少しだけ眉をよせたまま時成さんは文字を追うように視線を動かし本を読み進めた。

(ほら、すらすら読めてるじゃないですか…)

 その本の文字は300年前の今は使われてなどない文字で綴られている…
 時成さんの知らない文字なはずですよ…。

 それなのに読めていることが、あなたがその本の時代生きていたというなによりの証拠なんですよ…。





ーーー





 どれくらいだろうか…何時間かたったころ
 まだ半分ほど残したままの時成さんの首が突然ガクンと傾いた


「え、時成さん!?」


 急にどうしたのかと近づけばその目にわずかに涙が浮かんでいることに気付いた


「由羅…なんてものを私に見せたんだ…」

「え…」


 怒りにあふれているかのような時成さんの瞳に射抜かれ私は固まる


「私はこれを、捨てたんだよ…っ」


 しぼりだすような声で呟く時成さんはもう一度ガクリと頭が揺れると、その場にドサリと倒れた


「え……ぇえ!?」

「案ずるな由羅。記憶のフタが開き、思い出す旅に出ただけじゃからの」

「リブロジさん!?」


 突然聞こえた声に振り向けば、部屋の戸にもたれ腕を組みこちらを見下ろすリブロジさんが立っていた

 どういう事かと聞こうとした時、足音が聞こえ、リブロジさんの後ろからゲンナイさんが現れる。


「ただいま由羅ちゃん。」


 ひらりと手を挙げ、にっこりと笑顔を見せたはずのゲンナイさんは、床に倒れ眠っている時成さんを見ると目を見開いていた

 さわやかな笑顔から一変し、顔面蒼白で「どういう状況だ」とリブロジさんと私の顔を交互に見比べるゲンナイさんに私は苦笑いを零した。いや本当、私にもよくわからない状況なんですよ…。


「落ち着けゲンナイ。わしらは役目を終えた。もはやどうにもできぬ。あとはこやつらの問題じゃ」
「は?どういう意味だリブロジ」


 リブロジさんの言葉にゲンナイさんと同様に私も疑問符を浮かべる。
 すると、リブロジさんは小さくため息を吐くと、私の傍に来て膝をついた…。


「由羅、わしはおぬしの選択を尊重する。なにがあろうとわしはおぬしの味方じゃ」
「…。」
「だからの由羅。案ずるな…。今度こそ。自分の気持ちを優先してよいからの?」


 そう言って、不器用にちいさく笑顔を見せたリブロジさんに
 気付けば私の頬には、大粒の涙が流れていた…。