乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます



 ミツドナのアネモネさんの病室で、ナズナさんとナス子さんが見守る中、私はそっとアネモネさんの手を握った。

 僅かに残るその体を纏う瘴気の浄化を終えると、固く動かなかったアネモネさんの長いまつげが小さく震え、その瞼が開くと深紅の瞳と目が合った…。


「アネモネさん…」

 
 長い…永い10年もの間、止まっていたアネモネさんの時間が動きだし、私はほっと息をはくと、力が抜けたように床にへたり込んだ。

 それと同時に「アネモネェぇぇっ!」とうわぁぁんと泣き叫ぶナス子さんがアネモネさんに飛びついていて、目覚めたばかりのアネモネさんが少し苦しそうに顔を歪めていたけれど、その顔は優しく微笑み泣くナス子さんの頭にそっと手を添えていた…。
 ナズナさんを見れば、その場に立ち尽くしたまま「由羅、ありがとうな…」と聞こえてきた珍しく素直な感謝の言葉に、私はへらりと笑って「どういたしまして」と呟いた。

 初めて約束したあの日から、だいぶ時間は経ってしまったけれど…二人との約束が果たせてよかったと心から思う…。

 涙を浮かべる三人を眺めながらほほ笑んでいれば、時成さんが病室へと入ってくるのが見えた…。

 咄嗟に姿勢を正すナス子さんとナズナさんに「そのままでいいよ」とにっこり笑う時成さんは、アネモネさんに向き合うと、いつもの胡散臭い笑みでほほ笑んだ。


「はじめましてかなアネモネ。私は時成という名の者だ」


 自己紹介する時成さんにアネモネさんは少しだけ微笑んだあと、射抜くように時成さんを見た。


「私は既に貴殿を存じている。おそらく貴殿自身よりもな」


 儚げな見た目とは裏腹な力強い口調で告げたアネモネさんの言葉に、その場にいる全員が一瞬困惑に陥っているのがわかった…。


「……それはどういう意味かな、アネモネ。」

「説明の前に、まずは貴殿に謝らせてくれ。時成どの、致し方ない事とはいえ、貴殿から『光』を奪い、由羅姫の元へやったのは、この私だ。」


 衝撃的な事実に(え…?)と混乱する私と、話が見えないときょとんとするナズナさんとナス子さんを他所に、見つめるアネモネさんの視線の先には
 胡散臭い笑みを顔に張り付けたままの時成さんが、ピクリとも動かず固まってしまっていた…。

 おそらくは今、その笑みの裏で膨大に思考を巡らせているのだろうことが分かるけど…ちょっとこれは、まずいかもしれない…。


「正確には、私ではなく私と一体になっていた龍の異形の仕業なのだが、あやつも共鳴を終えた今は由羅姫の中におるので私が龍に代わって貴殿に謝罪をする義務がーー…」

「ちょ、ちょ、アネモネさんストップ!」


 つらつらと、重大かつ秘密にしておくべき事柄を暴露するアネモネさんの前に慌てて身を乗り出したけど時すでに遅くーー…。


「どういう事~?アネモネ…龍って、龍の異形って…なに?」
「異形が由羅の中にいるってなんだよアネモネ…おい由羅」


 ほら、こうなるでしょう…?ナズナさんにもナス子さんもにまだ秘密にしている事は多いし、こんな時に限って時成さんはまだフリーズしているし、一体どうすればいいのかと頭を抱える…。
 というか、私の頭もすでにキャパオーバーだ…。
 情報過多が過ぎる…。もう少しゆっくり説明おねがいしますよアネモネさん…。


「ふむ…。時期尚早だったか…。由羅姫よ」
「へ!?は、はい」


 綺麗すぎるその顔が私を見てきて思わず背筋が伸びる。そんな私にアネモネさんは小さく微笑んだ。


「この子らには私が説明しておこう。姫はどうか時成殿の“忘れたモノ”を探してあげてくれ」
「え…。」


時成さんが忘れたもの…?


「おいナズナ。二人をマナカノに御帰りいただくよう手配しな」
「あ?なんで。つーかわけわかんねぇんだけど、さっきからなんの話してんだよ」
「いいから従えクソガキ」
「あははアネモネ相変わらず顔に似合わず口わるぅ~!」


 さすが兄弟!と、可笑しそうなナス子さんの笑い声を聞きながら、私と時成さんは病室をあとにした


「今日は三人水入らずで過ごし、明日マナカノに向かいます。姫、探し物はあなたのすぐ近くにあるはずですよ」


 去り際ににっこりと綺麗な笑顔で言ったアネモネさんの言葉がひっかかりながらも、馬車にゆられ半日ーー。

 マナカノの町に入り、旅館の時成さんの部屋につくとそれまでずっと停止していた時成さんがやっと動き出したようで

 ドサリ、といつもの窓際の座椅子に腰を下ろし、キセルに火を灯すと大きく煙を吸い込み深く吐いた。


「…大丈夫ですか時成さん」


 あきらかに普通ではないその様子に、時成さんのこんな姿は初めて見るなぁ…と感慨深くなりなながら時成さんの前に正座をすると「由羅」と名前を呼ばれ顔をあげる。


「私はどう見える?」
「え、とても動揺しているように見えますけど」
「そうだね」


 フー、と煙を何度か吸っては吐く時成さんは、多少落ち着きを取り戻したのか、灰皿にトンとキセルの灰をおとした


「…私が光をなくした原因が…、アネモネの仕業だとは、さすがに驚いたよ…。」
「時成さんフリーズしてましたもんね。」
「…かねてより龍は時すら超える…とは聞いた事はあるけれど…世界まで超えて由羅の元へ行く方法があるとはね…まったく知らなかったよ…。」


 キセルの煙が部屋に充満していく。いやどんだけ吸うんですか時成さん…窓あけていいですか?

 立ち上がり時成さんの奥にある窓を開ければ、マナカノの町を行き交う活気ある町民たちの姿が見えた。
 窓の淵に手を置き、それを眺めながら「時成さん」と名前を呼べば、煙を吐く音と共に時成さんの視線が私に向いたのが分かる。


「アネモネさんが言っていた。“時成さんの忘れたもの”がなんなのか、心当たりありますか…?」


 部屋の中へと視線を戻し、伏せた私の目に思案する時成さんの顔が見える…。「心当たりはないね」と答えた時成さんの傍へ私は膝をついた…。


「私にはあります…。」


 時成さん…。私、気付いたんです
 ここに戻る間馬車の中でずっと考えて生まれたひとつの仮説ーー。


 異形とはなんなのか
 猫魔とは
 残留思念とは
 光とは…


 時成さんが忘れている“もの”…
 はやくみつけてくれと猫魔が言っていた“もの”…。


 それはきっと、同じものなのだろう…。



「猫魔の中にいる残留思念は、時成さんのものではないですか?」


 小さく聞いた私の問いに、時成さんは無言のまま
 キセルの灰をトンと落とした…。