時成さんに下敷きにされてしまった状態から、なんとかもがき脱した私は、眠る時成さんに毛布をかけその傍に座っていた。
愛しい人の寝顔というのは見ていて飽きないものなんだな。と時成さんの寝顔を眺め数分後にふと思う。
普段は胡散臭くて、いい加減で、何を考えてるのか分からなくて…人間とは思えないような人だけど…いま私の目にうつる寝顔はただのふつうの人のように見えて、あどけないその寝顔はいつもより幼くすら見える…。
規則正しい呼吸で眠る時成さんを暫く眺めていれば、その眉が僅かに動いた。
もう起きるのだろうか、と思えば、唇が薄く開き、寝言のような小さな声が聞こえてきた…。
「、ら…由羅…。」
「え?」
「…く…。て」
「く…?なんですか?もう一度言ってください」
呼ばれた自分の名前と紡がれた言葉が聞こえづらくて、顔を近づければ…。なんだか少し、ノイズの混じったような時成さんの声が頭に響くように聞こえた
『ーーハヤク、ミツケテクレ…。』
-ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。
「っ…!」
静かに顔を離して時成さんを見れば、そこにはすやすやと何事もなかったように眠る寝顔があった…。
一体、いまのはなんだったのだろうか…。
時成さんの声だったけど、まるで時成さんの声になにか別のものが混じったような…変な声だった…。それに…“早く見つけてくれ”って…なんのことなんだろうか…。
「と、時成さん…!」
なんだか怖くなってしまった私は、眠る時成さんの体をゆすり起こす。少しだけ眉間に皺を作りながら時成さんがパチリと目を開けた。
「おはようございます」と声をかけた私をちらりと見て、時成さんは現状を把握するように回りを見渡すとその場に座り、キセルを取り出した。
「時成さん、今ですね…」
「だいたいわかっているよ由羅。」
「え…?」
「どうやら猫魔に声を貸してしまったようだね」
「・・・へ?」
混乱に目を丸くする私に時成さんは淡々と説明する。
「ぼんやりとしか把握できていないけど、夢の中で猫魔に乗っ取られる感覚がした。おそらく一時的に猫魔が私の体に乗り移ったのだろう…。して猫魔は由羅に何を言った?」
「え・・・と、『早く見つけてくれ』と…」
「なにをかな?」
「それはわかりません…」
私の言葉に、時成さんは深く息を吐くようにキセルの煙を漂わせた。
「猫魔に体を乗っ取られたって、どういう事ですか…?」
「正確には猫魔ではなく、その中にいる残留思念にだね…。思念にさえ抵抗できないほど、今の私は弱くなっているらしい」
「…っ。」
「事は本当に急いだほうが良さそうだ…。明日、アネモネを起こしに、ミツドナへ行こうか」
「…はい」
「そのためにも、私は旅館で休むことにするよ。」
回復が必要だからね。と呟くどこか顔色が悪い時成さんが心配になりながらも、私は頷くことしかできなかった。
色々と思う事や疑問が何故か口にできない…。
複雑な心境になりながら、サダネさんが時成さんを送っていくのをトキノワの玄関前で見送っていれば、私の背中に大きな叫び声が聞こえてきた。
「ゆぅぅぅらぁぁああ!!!」
「もっどりましたぁ~!!」
私を呼ぶ大きなトビさんの声と、元気そうなイクマ君の声。
異形との闘いを終えた二人の汚れた服を見て眉を下げる
二人に駆け寄ろうとした瞬間私の前に、空からスタンと誰かが舞い降りた
「我帰還せり!聞いてくれたまえ由羅嬢!僕の勇敢なものがたりを!それは何年も前から続く連鎖のものがたりともいえようか、僕の異形との縁の…と、僕とした事が配慮が足りなかったね!この話は長くなるから夕食時にでもしようか、軽いジャブにナズナのへっぽこ油断話でも聞くかい?呆れて笑うことすらできないかもしれないがね!」
「っざけんな!キトワてめぇ余計な事ほざきやがったらその減らず口一生開けないようにしてやるからな!」
アッハッハッハと高笑いするキトワさんの背後からキレているナズナさんも見えて、一気に賑やかになった空間に思わず笑顔がこぼれた。
どうやら皆元気そうだ。
ゲンナイさん達やツジノカさん達はさすがに遠方にいるからここにはこれないかな
「皆さんお疲れ様でした。それと、おかえりなさい」
ふわりと笑顔でそう言うと
私を前にした4人のその目に、何故か涙が浮かんだ気がして、私は少しだけ首を傾げる。
「ただいま僕のプリンセス!!君の将来の伴侶がいま帰還せしめたよ!土産話でも聞きながら夕食と行こうではないか!案ずるなかれ、ちゃんと運んであげるとも。もちろん由羅嬢の希望通りお姫様だっこでね!」
斜め上の発言をするキトワさんにひょいと抱き上げられ、頭が追い付かずポカンとしていれば、ナズナさんとトビさんのかかとがキトワさんの顔面にめりこんでいた…。
キトワさんがグシャアと地面に伏して気絶してしまった次の瞬間には、私の両肩がトビさんとナズナさんに掴まれている…。
「男の嫉妬は見苦しいぜぃ、ナズナぁ。」
「うるせぇてめぇも同じだろうが!由羅に触んな」
私を間に挟み、両サイドで睨み合う二人に脱力する。いやちょっと何してるんですか皆さん…。
こうなったらイクマ君に助けを求めようと視線を向けたら、どうやら私の意図が通じたらしいイクマ君が大きく頷いてくれた
「ただいま由羅さん!」
涙を拭う仕草のあと、元気よく笑い私の前に跪いたイクマ君は、何故かそのまま私の右手の甲にちゅっとキスを落としていて、私は面食らう…。
ええ!?と驚愕の行動にじわりと顔が熱くなったのを感じる私の横で、トビさんとナズナさんもイクマ君の行動が予想外だったのかポカンとしていた。
そんな私たちの反応を見て、イクマ君は何故か満足そうに妖艶な笑みを浮かべると「夕食の準備しますね!」と立ち上がり、トキノワの中へと入っていった…。
なんだか一気に大人になってしまったみたいだ…。これも共鳴のせいなのだろうか…。
らしくないイクマ君のその表情と行動に、私はしばらく放心していた…。
「おい、由羅てめぇイクマに顔赤らめてんじゃねぇ!」
「とんだダークホースだろぃ…」
