乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます






「どうやら皆。それぞれの異形を消滅させたようだ」
「…そうですね…。感じます。」

 じわりと自分の胸の中に感じる温かさに小さく頷いた。
 
 サダネさんとナス子さんが異形襲来の事後処理に駆けまわる中、私と時成さんは二人、トキノワ二階にある私の自室に待機していた。


「お疲れ様由羅。」
「はい。時成さんも…体は大丈夫ですか?」


 一度にあれだけの共鳴をした今、私の中の時成さんの光がかつてないほど弱くなっているのを感じている。「平気だよ」とうっすら笑う時成さんの言葉はもはや信じない。じとりと見つめる私の視線に時成さんは小首を傾げてみせた。


「例えば、私が大丈夫ではないと言ったところで、それはどうしようもない事だ。由羅には私の命と他の皆の命を天秤にかける事などできないだろうからね」
「それは…そうかもしれませんが…。」
「結果はかわらない。いいんだよ由羅。私は消えるべきだからね」
「私はっ、時成さんに消えてほしくありません!」


 発した声は思いのほか大きかったようで、時成さんの目がわずかに見開かれた。だけどこれは所詮エゴとエゴ。お互いの主張のぶつかりあいはどちらも折れる気配などない。
 どうしようもなく歯がゆい現実に、唇を噛む私に時成さんがフッと笑みを零すと「由羅、おいで」と私に手招きした。
 少しだけ怪訝に思いながらも近づくと、ふわりとキセルの煙が香り、気付けば私の体は時成さんの腕の中…。


「~~っ!」


 なんだかさっきから、やたらと触れてくるこの人は、一体なにを考えているのだろうか…。
 バクバクと唸りだした心臓の音が時成さんに聞こえてしまいそうで、少しはこちらの気持ちも考えていただきたい。と、キッと睨んでみるけど、おそらく真っ赤になっているであろう私の顔ではなんの迫力もない…。


「惜しむらくは、由羅ともう会えない事だからね。今のうちに堪能しておきたいんだよ」
「・・・。」


 ……もはやこれ、告白と捉えて差し支えないのでは…?


 予想外の時成さんの発言に私の脳内が浮足立っていく。
 …いや油断するな私。相手はあの時成さんだ…。今まで何度期待を裏切られたことか思い出せ私。
 この発言も裏があるとみてその裏を推理してからこの発言の真意をーー…。と、ぐるぐると思考を巡らす私のおでこに、柔らかく暖かな感触がしたと思えば、なんと時成さんが私のおでこに優しくキスを落としていた…。


 ……もはや、両想いなのでは?


 と、またも油断する脳内で私の思考は次第にバグっていく…。これはもう、告白でもして両想いだと判明すれば時成さんも消えないように努力する方向へなんとかシフトチェンジしないだろうか…。と、ありえないほど低い可能性を見出し、人生初の告白というものに挑戦しようと私の口が勝手に動き出す。


「と、時成さん、私…時成さんの事…!」


 ーーーー『カラン』


「…。」


 大きく響いた綺麗な鐘の音に、私の心と体は一時停止する…。見上げた時成さんにも、どうやら鐘の音が聞こえたようで…愉快そうに口元に笑みを浮かべていた。


「早くこい。と言っているようだね」
「……そうですね。」


 なんというタイミングで呼ばれるのか…。でも逆に助かったかもしれない…と頭が冷静に戻っていく。告白なんてするだけ無駄だ。しようがしまいが、そんな事で時成さんの意思が変わるわけがないと、分かっているはずなのに、…。
 呆然と思考に耽る私のおでこに、トンっと時成さんの指が押し当てられた。


「では由羅。最後の共鳴人物の元へと意識を繋げようか。異形も減り弱まっている今の瘴気なら、浄化ができるだろうからね」
「はい…。」


 切り替えるように深呼吸を一つして、すっと目を閉じれば、ぐわりと揺れ始めた自分の中。

 この最後の共鳴を終えれば、残すは猫魔を倒すのみとなってしまう…。そして猫魔を倒したその時、私の中の光は壊れ、同時に時成さんという存在も消える…。

 だめだ。

 今は考えるな。今から行う浄化に集中しなければ。と私の中の渦巻きが収まった気配にゆっくりと目を開けた。

 そこは今まで何度か見たことのあるような、真っ白な空間だった。
 ナズナさんの時と同じようにふわふわと雪らしきものが舞っている…。もしかしたらこの空間はその人の精神の中みたいなものなのだろうか…。


 辺りを見渡せば、その白い空間の中にポツンと黒く禍々しい瘴気を放つ塊が落ちている事に気付き、近づきそれを手にとったーー…。

 --『カラン』

 塊を手に持った瞬間、背後から透き通るような鐘の音が優しく響き、振り返った私の視界に、ピンク色の波打つ長い髪を靡かせ立っているアネモネさんが映った…。


「アネモネさん…!」


 驚きに目を見開き固まる私を前に、アネモネさんはふらりと一歩前に出ると、ゆっくりと頭を下げた。


『…おかげで、私の中にあった瘴気も減り、残すはそれのみとなっています。どうか、浄化をーー』


 小さく紡がれたその声は、いつか聞いた鈴が鳴るようなきれいな声だった。
 私は力強く頷き、言われた通り瘴気を放つその塊へ浄化を行う。
 --ジュゥウと音をたて瘴気が浄化される。だけど私がほっと息を吐いた瞬間、何故かその塊がパキリと粉々に砕けてしまった。


「ぇえ!?あ、あれ?」


 共鳴した時のようにシュウシュウとチリへと化し、私の中へと吸収されてしまったそれに困惑する。

 浄化だけのつもりが、もしかして共鳴もしちゃったのだろうか…。でも、アネモネさんとは初対面みたいなもので、共鳴するのに必要なハートが足りないはずでは…?と疑問符を頭上に大量乱舞させながらアネモネさんを見ると、その顔は優しく微笑みを浮かべていた…。うわぁ、美人……。


『我が姫よ。』
「え、ひ、ひめ…!?」
『私は姫がこの世界に来る前から知っています。ゆえに姫を愛する気持ちはすでにここに」


 そっと自分の胸に手を添えたアネモネさんにわけが分からず「ど、どういう事…?」と聞き返した時、時成さんから意識を戻される気配がした。 
 どうやら時成さんに限界がきたようだ。ちょ、もうすこし我慢してくださいよ。今重要な事を聞いてるんですから…!


『…姫よ。私を起こす時は、どうかナズナとナス子の前でーー…』


 え、ちょ…!ま、待って…!

 遠く離れていくその空間とアネモネさんに必死に手を伸ばすも無駄に終わり、ぐわんと背中が引っ張られたような感覚の後、気付けば目の前に時成さんの顔があって私はパチパチと目を瞬いた。

 顔面蒼白な時成さんは、私と目が合うと「疲れた…」とドサリと私にもたれかかってくる。


「なっ、ちょ、うわっ!」


 無遠慮に倒れてくる時成さんを支えられる腕力が私にあるわけはなく、巻き込まれるようにふたりで床にべしゃりと倒れた…。


「ふぐぐ」


 時成さんに下敷きにされ、もがくけどびくともしないその体に違和感を感じ、すぐ横にある顔を見れば、そこにはすぅすぅと寝息をこぼしている時成さんの寝顔があった…。

(え…時成さんが寝てる…!)

 初めてみるその寝顔に感銘を受けながらも、自力で脱出するしかない状況に私はしばらく苦戦した。

 い、いろんな意味で死にそう…!