「あ・・・?」
視界に入ってきたその光景に、俺は僅かに眉間に皺を寄せた。
「おいイクマ。どうして泣いてんだぁ?」
「…そういうトビさんも、涙出てるっすよ?」
は?なんだって?
触れてみた自分の頬はたしかに濡れていて…、言われて初めて自分も泣いている事に気がついた・・・。
目にゴミが入ったとか、あくびした、とか…。そういうレベルではなく、その涙はとめどなくつぎつぎと溢れてくる…。
それと同時になんともいえない解放感と喪失感が、ふつふつと自分の奥底から湧き出てきたかと思えば、それはやがて自分の内側全てを満たしていった…。
(‥‥なんっなんだ、こりゃ…。)
たった今…。目の前の異形とこれから戦闘しようって時に…
どうしてこんな未知の感覚を味わってんだ…
数分前にあった異形が出たとの通報に
すぐさま駆けつけた俺とイクマは、二匹の異形が小さな田舎村を襲っているのを目撃し、そこから遠ざけようと異形を山奥へと誘導している最中だった…。
いうことを素直に聞くわけがねぇ二匹の異形に少なからず手こずっていた矢先に、自分の涙で目の前が見えねぇなんて、情けねぇにもほどがあんだろぃ…。
「ガルルルル!!」
異形の唸り声が聞こえ、こちらに突進してくる気配がした。
よく見えない視界で、なんとか避けようとした時、ドカン!と爆発音と煙が俺の前に立ち込めた
もくもくと広がる煙幕に(なるほど)と我がトキノワの新人の成長を感じる。
煙幕で視界を塞ぎ、一時休戦ってか。これなら異形も俺たちをそう簡単に見つける事はできねぇよな。
煙幕玉を放ってすぐの、大筒を手にしたままの状態で固まっているイクマに近寄れば、その頬にもいまだ大量の涙が流れている。
「トビさん…」
「あ?」
「俺、何故か…今。この時を、もうずっと前から、待っていたような気がします…」
「・・・。」
奇遇だなイクマ。俺も同じ心地だぜぃ。
ズズっと流れた鼻水をすすり、涙を手の甲で拭った
さきほどの妙な解放感やら喪失感を感じた時から、不思議と感じる事がある…。
目の前の『異形を、今なら倒すことができる』と自分の中の何かが叫んでいる…。
「…イクマは馬鬼をやれ。俺はこいつだ」
「…はい。」
ザァァと風が吹き、煙幕が流され、視界が晴れていく。
涙もだいぶ落ち着いてきたようだ…。目の前の異形の姿がはっきりと見える。
俺は相棒のオノを構え、その姿を静かに見据えた。
幼いころ襲われた、トラウマの源でもある虎の異形。
大きく鋭い無数の牙と爪に、恐怖を感じないかと言えばウソになるが…。もはや今の俺には、それに立ち向かえるほどの“暖かな何か”が溢れていた…。
地面を蹴り、駆け出し、飛びあがったのは、俺と異形とほぼ同時だった。
鋭い爪の攻撃をよけ、足を蹴ると、その反動を使って奴の間合いに入り込む。
オノを握り、全身の力を使うようにその喉元に、ドスリと突き刺したーー。
「・・・あばよ。牙虎。」
別れの言葉と共に、引き裂いたそこからは、ブシュゥゥと血が飛んで、俺の肩にかかった。
だがそれもやがて、シュウシュウと音を立て、蒸発するように消えていく…。
少しだけ涙が頬を伝ったけど、もうその時にはなんとなく…
その“理由”が分かっていた…。
イクマの方を見れば
サラサラとチリに消えゆく馬鬼を前に膝をつき、目を押さえ泣いているようだった
「グスッ…っトビさん…。いいんっすかね。俺たち…トキノワの規則である『不殺』をやぶりましたよ…」
「…いいんだよ。時成様が不殺と決めたのは『時が来るまで』だ。分かってんだろぃ…お前ももう。その時がきた。って事なんだよ…」
チリと化した二匹の異形が、風に流されていくのを見ながら呟けば、ズズっとイクマの鼻をすする音がした。
「なんだか今、無償に…由羅さんに会いたいです…。」
理由はわかりません…。と呟くイクマに小さく笑う
奇遇だなイクマ。
「…俺もだぜぃ…。」
解放感と喪失感が自分の中を満たしていく傍ら
それと同時に感じたあの暖かな光…。
何故かな。
アレを由羅だと確信している俺がいる。
