乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます




「由羅、頼んだよ?」


 小首を傾け微笑んだ時成さんに、私は諦めのようなため息を小さく吐いた。

 時成さんが何かを隠していることも、それを私には教えてくれないのだということも…理解はしているけれど…。

(質問に全て答えると言ったくせに…、時成さんの嘘つき。)

 心の中で悪態をつくくらい、許してくださいね。
 わかってますよ。そうするしかないんでしょう?


 だけど、時成さんが今“隠している何か”が…もし、時成さんの命にかかわるような事だったら、絶対に許してやらない。


「勝手に、消えたりしたら…絶対に許しませんからね。わかってますか」


 怒りと心配が入り混じった複雑な感情で告げた私は、きっと憤怒のオーラを纏っているだろうことが自分でも分かった。
 そんな私に時成さんは眉を下げると「わかっているよ由羅」と私の頭を撫でる。


「心配せずとも、まだ私は消えない」


 『まだ』とつけられた言葉の意味に、悲しいを通り越していよいよ腹が立つ。
 この人は本当に消える未来へまっしぐらだ。少しは消えない努力や、方法を模索するくらいしてもいいのではないでしょうか。私の傍にいたいという言葉も、疑うべきかもしれない…。
 もとよりこの男はいい加減な人なのだ…。

 ジトリと時成さんを睨みつける私の足元が、ぐらぐらと地響きに揺れ始める。
 まだ話したい事はたくさんあるけれど、近づいてきているようなその揺れに、どうやらそんな時間はないようだ…。と私は頭を数回振って、切り替えるように時成さんを見る。


「私は何をすればいいんですか?」


 というかそもそも、この場で全員と共鳴なんてできるの?
 トキノワの皆は今、異形の対応で各地に散っているはずですけど…。
 それに、最近ハートの進捗とか確認してないし、皆のハートの数が条件を満たしているのかもわからないし…。


「いま由羅のハートは、共鳴すべき対象全員との条件を全て満たしているよ」
「え、そうなんですか?」


 つまり全員とハート3つ以上になっているという事か…。え、凄い。いつのまに…。


「各地に散っている皆の意識だけを私がここに手繰り寄せるからね。時間もないしすぐ始めるよ」
「で、でも肝心の共鳴のしかたがわかってません」


 これまで三度共鳴をしたけれど、そのどれも自分からではないし、どうやってできたのかもよくわからない…。


「わからなくていい。由羅は由羅のままでいなさい」


 小さく微笑み、時成さんがゆっくりと顔を近づけてきた


「え」


 突然のそれにキスでもされるのかとぎゅっと目を閉じた私の前髪が時成さんによって流され、露わになった私のおでこに、そっと時成さんのおでこが触れた…。

 キスではなかった。と、恥ずかしくなればいいのか残念がればいいのか…。どちらにしても近い距離になんともいえず心臓がうるさい。

 ドキドキと鳴る心臓に手を当てていれば目を細めた時成さんに諭すように「由羅、集中しなさい」と言われ、慌てて目を瞑る。


 閉じた瞼の暗闇を前に、しばらくすると時成さんの意識が入ってくるような感覚と
 その時成さんを通して伝達する意識が私の中につぎつぎと流れ込んできた…。


 各地に散っているはずの、トキノワの皆の気配が私の傍に駆け寄ってくるような感覚がするーー……。

 
 ーーハッ!と目を開ければ真っ白な空間に私が一人立っていた。


 そしてその私の周りには、さまざまな色を持った光の塊たちがふわふわと漂っている。

(これ…異形の、塊…?)

 これまで三度見た事のあるそれと同じような光が、私の周りをふわふわと漂う。

 その光は色とりどりの光を放っていて、とても華やかで綺麗だ…。ぼんやりと見とれていれば、色鮮やかな光の塊たちから…ふわりと私の顔の前にひとつの光が出てきた。
 淡い赤色の光を放つそれは、まるで会釈でもするかのように一度沈むと、自分に触れてくれと言わんばかりに私の手に近づいていく…。

(トビ、さん…?)

 なんとなく、その光からトビさんの気配を感じて、くるくるの髪に、爽やかな笑顔が思い浮かぶ…。その赤い光の塊に手を添えれば、その瞬間ーー
 赤い光から、トビさんの意識が私の中へ流れ込んできた。
 

『由羅と初めて行ったあの遠征で、落ちた暗闇の穴の中…。そこで由羅に救われた時から、由羅が俺の光になった。ありがとうな由羅。ずっとお前を待ってたぜぃ!』


 力強い声で聞こえたその声と共に、手のひらにあったはずの赤い光の塊がパキィンと砕け散った…。
 それはさらさらとチリとなり、私の中へと吸収されていくようだった。

 何故かわからないけど、無償に泣きたくなった…。

 トビさんの想いが流れこんできたからか、なくしていた何かをとりもどしたような、不思議な心地になる……。


 茫然とする私の前に、次に近づいてきたのは緑色の光を放つ塊だった。

 なんとなく、キトワさんだ。と確信できてしまう


『全てを受け入れてしまう僕の由羅嬢。この僕のハートを手にいれるとは御見それしたよ!非礼を詫び、認めよう。君こそ僕のプリンセスだとね』


 なんだかキトワさんのいつもの高笑いまで聞こえてくるようで不思議だ。緑の光は私の手の甲にキスでもするようにそっと触れると、さきほどと同様にパキンと砕け、そのチリが私の中へと入っていく…。

 流れ込んでくるそれに、私の頬には涙が伝う。

(あぁ、なるほど…共鳴って、こういう事なのか…)

 まるで、迷子になっていた我が子を迎えているような気持ちだ…。


 次に近づいてきたオレンジ色の光。
 イクマ君の意識に、私は小さく微笑むとそっと手を触れる…。


『えーと、その…。由羅さんは、俺にとって生まれて初めて本気で、守りたい。と、思っている人です…。ゲンナイさんには負けないよう頑張るっす…!』


 えぇ?なぜここでゲンナイさんが出てくるのだろう…?
 二人に一体何があったんだろうか…?と考える私に、砕けたオレンジの光が吸収されていく…。

 涙はもう止まらない。そのせいでよく見えない視界に、漆黒の黒い光を放つツジノカさんの意識が近づいてくる。

 光となっているのにオーラすら感じるような、相変わらず存在感がすごい…。


『由羅君にはいろいろと世話になってしまったな。シオのこともキトワやトビの事も…俺の君に対する感情が他の皆と同等かはよくわからないのだが、君を大切に想う気持ちは同じだろう』


 小さく優しく笑うツジノカさんの顔が浮かび、砕けたそれに私は(ありがとうございます)と呟いた…。
 ぐいっと涙を拭えば、近づいてくる光は眩しい純白の光を放っていた。

 あぁ、この純白は、シオ君だ。


『由羅様。初めてお会いしたその時から、あなたは常人とは違う気配を感じておりました。私の勘ははずれてはいませんでしたね。あなたと出会えた事が私の人生で至上の喜びとお見受けしております。」

 
 こちらこそ、シオ君にはピンチを何度も救ってもらってありがとう…。

 丁寧におじぎをするシオ君の錯覚が見えたかと思うとそれは砕けた。
 次に目の前に来たのは元気そうにぴょんぴょん跳ねる水色の光…。

 ふふ、この光はナス子さんかな?


『一目会ったその瞬間から私は由羅ちゃんの虜だったよ~!私を救ってくれてありがとう~!由羅ちゃん大好き~!』


 待っててくださいねナス子さん、もうすぐアネモネさんも救えますよ。この共鳴を終え、異形達が消えればアネモネさんの瘴気も減少するはずですから…。
 チリと化し私の中へ消えていくそれに告げたあと、最後にやってきた銀色の光を放つ塊へ視線を向ける。


『…ぬしにとうとう砕かれる時がきたか。』

(リブロジさん…)

『何故かこの時をずっと待ちわびていたような気もするの。ありがとう由羅。ぬしのおかげで、わしはいま生きておる』



 ーーパキィィン…と最後の塊が砕け消えていった



 まるで、皆に抱きしめられているかのようにじわりと心が温かい。

 幸福感と安堵感に包まれながらも感じていたーー……。


 私の中にある時成さんの光が…。

 時成さんの光の気配がかつてないほど、小さく弱くなってしまっている事を……。


 皆と共鳴できた幸福感と、
 時成さんを失いそうな絶望感が私を襲う…。

 真逆の感情が入り混じり交差して、もはやわけがわからない……。


 真っ白の空間から意識を引っ張られ、

 ゆっくりと目をあければ…
 目の前には優しく微笑む時成さんが私を見ていた…。


 触れていたはずのおでこは離れている。


「お疲れさま。由羅」


 よく頑張ったね。と時成さんが私の頭を撫でた。


 見慣れないその笑顔に泣きたくなると同時に壊してしまいたくなった…。

(なんですか、その笑顔は…)

 時成さんのそんなさみしそうな顔、見たくない。
 いつもの胡散臭い笑顔の方が数億倍ましだ…。


 そんな顔するくらいなら、もう少しあがいてみせてくださいよ…。


 背中を向け、地下室から出ようとする時成さんに
 私は顔をしかめた。