乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます






 幾年の歳月の中、こんなにも心が落ち着いているのは初めてだ…。

 由羅をこの腕の中に抱きしめながら私は静かに目を瞑った。


 自分の中にすっぽりと収まる由羅に寄り添うように顔をかたむけ、簡単に手折れてしまいそうなその細い首に耳をあてれば、少し早いと感じる心臓の音が聞こえてくる。

 由羅の涙が肩を濡らしていく感覚に、なんともいえない気持ちになる。

 この感情の名は…はて、なんだったか…。

 また私は、由羅のおかげで忘れていた感情を思い出したようだけど、どうやらその名まではわからないな…。


 もてあますその感情に従うまま、由羅を抱きしめる自らの腕に力を込めた時「ぅぎゅっ」と人ではないような声が由羅から漏れ、思わずフッと笑みが零れた。
 顔を見ればジトリとしたその目が私に向けられている。腕の力を緩め、かわりにその髪を撫でた。


「・・・由羅。私もできるなら、このまま傍にいたいと思っている」

「っなら、なんで…!」

「…私は『世界の理を直す』という目的のためだけに存在し。数えるのもやめてしまったほどの幾年の月日を過ごした。そしてその月日の中、様々な世界と、人々を見てきた。」


 幾年の刻ーー。

 次第に忘れていく、薄れていく…かつて人間だった自分の“感情”を
 ーー思い出させてくれたのは由羅だ…。

 由羅を見るたび、自分の中のなにかが締め付けられ
 泣きたくなり、笑いたくなり…

 どうしようもなく、触れたくなるーー……。


 この者のためなら、この子が望むのなら、
 なんだってできる気がするし、なんだろうとしたいと思う…。


 おそらくこれが
 『愛しい』という感情なのだろう…。

 思い出したその感情の名をかみしめるように
 由羅の頬にキスを落とすと…

 涙にぬれたその瞳が、私を見上げた。



「由羅、私は君に会えて良かった…と、心から思っている。」

「…っ、そんな言葉が聞きたいわけじゃありません…!」

 
 そこは素直に受け取ってほしいけどね。と、ボロボロの泣き顔を浮かべる由羅を抱きしめながら思う…。

 由羅の言わんとすることも、求めている事も理解はできている。
 できることなら答えてやりたいし、応えてあげたいのだけれど、こればかりはどうしようもないんだよ…。

 由羅の傍にいたい。という自分の『欲』よりも、私の中では『由羅が生きる』ことの方が大事だ。
 それは天秤にかけることすらばかばかしいほどに、大きく、重い。
 
 ・・・だけど、どうにもだめだね。
 
 由羅のためならば、惜しくはないと思っていた自分の命も
 いざこうして、腕の中に由羅を感じていれば、それすら消す事が惜しくなる…。
 
 心が迷ってしまう…。
 
 由羅は本当に、私の感情を弄ぶね…。


「一体いつから、こんなにも大きくなっていたのかな…」
「…なんの話ですか」
「君の話だよ。」
 

 君という存在が、私の中で大きくなればなるほど…
 私が由羅を、愛しく思えば思うほどに…。
 
 それの代償とでもいうように…。
 このまま私が由羅の傍にいることは、許されるべき事ではない。と、警報が鳴り響くのが分かる。


「由羅の中に生まれた歪みは、私の光が由羅の中に入ってしまったことが原因だ」


 そのおかげで、この愛しい存在に出会えたのだ。と今ではわずかにも、感謝すらしてしまっているけれど…。

 つまり私は、世界の歪みを直す役目を担うくせに、私自らが新たな歪みの原因を作り、そして自らも歪みになってしまったという事だ…。


「歪みとなった光は、私の一部だからね。外的要因は消えなければ、歪みは直らないんだよ」


 だから私は消えなければね。と由羅の髪の毛を撫でれば、由羅の目から涙が落ち、その目がキッと私を睨む。


「っなんですかそれ…、全然…納得できません…!」
「…私は消えるべきなんだよ。」
「いやです。」


 きっぱりと言い切る由羅に苦笑いが零れる。
 ほらね、言っただろう。ボスである私のいうことを、由羅はまったく聞かないのだと…。


 さて、どうやって説得しようか…。と思案していれば、時間の理が限界を告げる音がした…。


 --ゴォォンと地鳴りが響き、地面が揺れる…。


「ついに、マナカノにも来たか」


 現れた異形の気配に由羅の体をそっと離せば、その眉が不安気に下がる。

 納得も説明も、由羅の満足のいく結果にならなくて申し訳ないけれど、いまの衰えた私の体では、どうやらここまでが限界らしい…。

 実をいうとね。由羅が共鳴をするたびに、私の魂も少しずつ小さくなっているんだよ。
 比例して、私の体は徐々に衰弱し、使える力も弱くなっている…。
 由羅にはとても言えないけどね。


「由羅、どうやら時間切れだ。今からここで、由羅には残る全ての異形達と共鳴してもらうよ」
「え、でも…浄化の力が足りないって…」
「大丈夫だよ」


 私の中に残る命を使って、足りない浄化の力を補うからね。という説明はしないでおこうか。
 口にしたが最後、この子は納得などしないだろうしね。


「時成さんの言う“大丈夫”は信用なりません」
「おや。由羅には随分と私を理解されているようだね」
「何笑ってるんですか」


 嬉しいからだよ。とにっこり笑えば「文句を言われて何故嬉しいんですか」と怪訝な視線がつきささる。
 本当に由羅は面白いね。

 可笑しく、もどかしく、愛しい。その存在を確かめるように、由羅の頬を指で摩る。


「由羅、頼んだよ?」


 小首を傾け微笑めば、由羅は少し不満気な顔のまま小さく息をはき、頷いた。




 いつの日かーー…。

 致し方ない事だったのだ。と、私の事を許してくれると信じているよ…。
 



 由羅の生きる未来に、私はいないだろうけど


 君があの子たちと楽しく生きてさえくれれば

 私の想いは遂げるだろう…。