乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 



 真っ赤な顔で固まる私を見て、面白いものでも見るかのように目を細めているこの人は
 一体、私の事をどう思っているのだろうか…。

 前に比べれば随分と、この人も人間らしくなってきているとは感じるけど…
 期待させるだけさせて、また裏切られそうな気もするから…なかなか決定打を打てない。

 まして恋について初心者同然の私にとって、よく聞く恋のかけひきなんてものができるわけもなく…、
 結局と好奇心と期待感に負け「時成さん…私情って…嫉妬したってどういう意味ですか…?」と聞こうと私が口を開こうとした、その瞬間ーー。

 あまりにも突然に、私の頭に轟音が鳴り響いた。


『カランカランカラン!』

「ぅわっ!」


 大音量で鳴る鐘の音に、思わず体を丸め耳を塞いだ。

 カランカランと鳴り続けるそれはしばらくして止み、ほっと息を吐きながら閉じていた目を開ければ、怪訝な表情を浮かべる時成さんと目が合った


「いま…。…時成さん、聞こえましたか?」


 私の質問に時成さんは小さく首を振ったあと「もしかしてまた鐘の音かな?」とキセルの煙をふかした。
 私は頷いて、まだ音の余韻が残る頭を抱える。いい加減、正体不明のこの音が気になって仕方ない…。自分の色恋については一旦しまっておこう…。

 
「…一体、この鐘の音は、なんなんでしょうか…」
「…そうだね。…由羅になにか、伝えたいことがあるのかもね。」
「伝えたいこと?」
「空耳ではないのなら、誰かが意図的に由羅にその音を聞かせていることになる。敵か味方かどちらにしても、由羅はその音に耳を傾けてみるべきかもしれないね」
「鐘の音を解読しろってことですか?」
「頑張ってみなさい」


 うっすら笑いながら、トンっと灰を落とした時成さんに眉を下げる。
 毎回と無茶ぶりをふられるけど、今回ばかりは無理な気がする。だってこの鐘の音を解読だなんて、そんな事ができるとはとても思えない…。





ーーー





 時成さんの部屋で鐘の音を聞いたその時から
 それは頻繁に聞こえるようになった…。

 昼夜時間帯問わず、突然鳴り響いては止まる。法則性のないそれに、頭を悩ませる。
 博識のゲンナイさんに聞いてもわからず、耳の良いナズナさんにも聞こえず、誰に聞いてもその鐘の音も、音が発する意味も、なにもわからないまま
 
 あまり眠れない日々が続いたーーとある日の深夜。
 強制的に開いた私の目が部屋の天井を映した。


『カラン、カラン』


 当然のように頭の中に鐘の音が響く…。
 いい加減、驚くことも怖がることもしませんよ。

 この鐘の音はよっぽど私に伝えたい事があるみたいだ。深夜だろうがなんだろうがいつでもどこでも鳴り響くその音に、そろそろ睡眠不足も限界なので勘弁してくださいと訴えたい。
 今回こそは、と布団の上に正座をして目を瞑り、その鐘の音に集中した…。

 音の違いや聞こえるタイミング。大きさやリズムなどあらゆる方法に基づいて、なんとか解読しようとしてみるけれど、ただ“綺麗な鐘の音”という事しかわからず、今回も解読はできそうにない…。

 だけど、なんとなく。この音が単なる音というわけではなく、音自体が話をしている気が、するような…しないような…。
 つまり、よくわからない…。だけど何故か、敵ではないだろうという根拠のない確信が私の中にある…

 味方であるのなら余計に早くその話を聞きたいのだけど…。


「せめて、音意外のことを伝えてくれたらな』


 言葉でも映像でもいいから、
 わかりやすい方法でお願いします

 天井を仰ぎながらポツリと呟けば『カラン』と音がした


「…からん。」


 ポツリと鐘の音の声真似をしてみれば、フッと鐘の音の気配が消えた気がした。
 我ながら投げやりすぎただろうか…しかも結局、今回も何も分からなかった


「あきれたのではないかな?」
「あきれた?」
「由羅のアホさ加減にだよ」


 朝になり、「また鐘の音がしました」と報告に訪れた時成さんの部屋で、ズバンと言い切った時成さんに私の口元が僅かにヒクついた。
 いや確かに、声真似は我ながらアホっぽいとは思っていたけど…。


「あきれるあきれないの感情が鐘の音にあるんですか?」
「鐘の音自体ではなく、鐘の音を鳴らしている者の事を考えてみるべきだね。由羅にはその鐘の音が何か話しているように感じるんだろう?」
「……。…そもそも、どうして私にだけ聞こえるんでしょうか…」
「一度だけ私も聞いたけれど、それは由羅がこの世界に来た時だからね。私にもただの鐘の音としか認識はできなかった」


 時成さんの言葉に肩をおとす。その鐘の音が何にしろ誰にしろ、なにも進展がないのではどうしようもない…。誰にも何もわからない以上、今のまま試行錯誤を続けるしかないのか…、なんだか気が遠くなるな…。と、小さく息を吐く。
 ギシリと聞こえた音に視線を向ければ
 座椅子に座る時成さんが頬杖をつき、私をじっと見下ろしていた。


「なんですか?」
「…由羅。随分と浄化の力が強くなっているようだね…」
「え?そうなんですか?」
「日々の鍛錬と、共鳴を三度行った成果かな?無理だとは思うけど、ダメ元でアネモネの浄化を試してみようか?」


 距離を改めて計り見てみようと時成さんの言葉に、「そうですね」と頷きながらふと気付く。…そういえば、この世界に来て始めて鐘の音を聞いたのは、アネモネさんの病室でだった…。


「鐘の音と…、アネモネさんは…関係あるのでしょうか…」


 ポツリと呟いた私の問いに、時成さんは少しだけ上を仰いだまま、何も答えなかった。

 え、なんで無視…